『令和7年版高齢社会白書』によると、公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のうち、家計収入のすべてが公的年金・恩給となっている世帯は41.7%に上ります。また、収入不足への対応として「節約等により支出を減らす」と答えた人が54.3%で最も多く、多くのシニアが限られた年金のなかでやりくりしている実態が伺えます。月21万円の年金のみで暮らすケイコさん夫婦もその一人。今回は、そんな限られた老後資金のなかで起きた家族のトラブルを紹介します。
開口一番「お小遣い、くれよ!」だったこと、忘れられません…年金21万円の72歳夫婦、わかっちゃいるけど〈孫差別〉をやめられないワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

「年金暮らし」での援助は軽い負担ではない

ケイコさん夫婦は、孫に対するお祝いや金銭援助において、金額に差をつけた覚えは一度もありません。長男のほうの孫にも、次男のほうの孫にも、お年玉や誕生日の祝い金は同額を包んできました。だからこそ、次男からの「孫差別だ」「同じだけ援助白」という訴えは、あまりにも身勝手に思えたのです。

 

「確かにまだ幼い子どもである孫たちを比べてはいけないと思います。ですが、感情面でどうしても接し方に差が出ているのは事実でしょう」

 

ケイコさんは溜息をつきながら続けます。

 

「月に21万円の年金で暮らしている私たちにとって、旅行代や孫たちへのお小遣いは決して軽い負担ではありません。長男の家に出していたお金は、私たちの体を気遣い、時間を使って尽くしてくれたことに対する『心ばかりのお返し』のつもりでした。挨拶やお礼すら欠かす人に、どうして同じだけの費用を出さなければいけないのでしょうか」

「公平さ」の基準が生む、親と子の認識のズレ

今回のケースにおけるトラブルの根底には、「家族間での公平さ」に対する双方向の認識の大きなズレが存在します。

 

次男の視点に立てば、「親からの金銭的な支援や機会は、兄弟や孫のあいだで均等であるべきだ」という「結果の平等」を求めていると受け取れます。しかし一方で、ケイコさん夫婦から見れば、長男家族に渡していたお金は単なる贔屓ではなく、日ごろの身の回りの世話や気遣いに対する「現実的な対価・お返し」です。

 

当然、親からの自発的な金銭支援や旅行代の負担は、子どもにとって当然に請求できる権利ではありません。お祝いやお年玉といった節目の行事とは異なり、日々のコミュニケーションに伴う金銭のやりとりは、親の裁量と互いの関係性に委ねられるべきものではないでしょうか。

 

一方で、親の立場としても「なぜ差が生じているのか」の理由や基準を曖昧にしたままにしておくと、我が子同士の対立や不信感を煽ってしまうリスクもあります。

 

限られた年金のなかで穏やかな老後を守るためには、祝い金や節目のお金において子どもたち、ひいてはその下の孫たちのあいだで差をつけず、一律の基準で公平に扱うこと、日々の援助やお返しにおいては親自身の無理のない範囲で、日ごろのサポートへの対価として線を引いて対応することなどを徹底するようにしましょう。

 

親側の資金や配慮は決して無限ではありません。感情的な「孫差別」という言葉に振り回されず、「なにが義務で、なにが好意なのか」という明確な境界線を自分たちのなかで持っておくことが、家族間のトラブルから老後の生活を守るための現実的な選択といえそうです。

 

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