※写真はイメージです/PIXTA
恒例の夏休みの帰省だったが…
「今年は、じいちゃんの家には行かない」
東京都内に住む娘からそう聞かされたのは、6月の終わりでした。中国地方の山あいの集落にある築70年の旧家で暮らす、山中健一さん(67歳・仮名)と妻の美智子さん(65歳・仮名)。門から玄関まで砂利道が続き、仏間や客間、広い縁側があります。かつては親戚が集まり、夏休みには子どもたちが廊下を走り回っていた家でした。
夫婦は現在も田畑を見ながら暮らしており、年金は2人合わせて月15万円ほど。そんな夫婦にとって夏の楽しみといえば、7歳の孫・陽斗くん(仮名)が1週間ほど泊まりに来てくれることでした。ところが今年、陽斗くんは帰省を強く嫌がったのです。
「どうして?」
娘が理由を聞いても、最初はうまく説明できませんでした。ただ、「向こうに行くと、ずっと一人なんだもん」と繰り返したといいます。
昨年の帰省中、夫婦は朝早くから畑に出ていました。夏場は涼しいうちに草刈りや水やりを済ませるため、5時台に家を出ることもあります。陽斗くんが起きるころ、2人はまだ畑にいることがありました。朝食のあとは家に戻りますが、収穫した野菜を片づけたり、家の周りの作業をしたりと、午前中は何かと手が離せません。
「縁側で待っててね」
そう声をかけられて、陽斗くんはタブレットを触りながら過ごしていました。もちろん、まったく構ってもらえないわけではありません。昼には一緒にそうめんを食べ、夕方には庭でスイカを切ることもありました。ただ、祖父母の家での時間は、東京都内の自宅のように“子ども中心”ではありません。近所に同年代の子どもはおらず、いとこも中学生と高校生で、部活や塾で忙しい毎日でした。
「じいちゃんの家、広いけど、誰も遊んでくれない」
陽斗くんは娘にそう話していたそうです。健一さんは、「昔は親戚の子どもが何人もいて、勝手に遊んでいたんです。だから、陽斗も退屈しないと思っていました」と振り返ります。しかし、いまの旧家には子どもの姿がありません。広い家はそのままでも、遊び相手だけがいなくなっていたのです。
陽斗くんにとって、唯一の暇つぶしがタブレットでした。東京都内の自宅では、学校が終わると友だちとオンラインで話しながらゲームをするのが日課です。夏休み中も、「あとで一緒に遊ぼう」と約束していました。
ところが、祖父母の家では思うようにつながりません。山中家では、10年以上前に契約したCATV(ケーブルテレビ)のインターネット回線を使い続けていました。夫婦はニュースを見る程度なので不便を感じていませんでしたが、動画は途中で止まり、オンラインゲームは読み込みに時間がかかります。友だちとの通話も途切れがちでした。
「もういい。全然つながらない」
昨年の夏、陽斗くんがタブレットを置いてそうつぶやいたことがあったといいます。娘から改めて理由を聞いたとき、夫婦は初めて通信環境の問題を意識しました。
「ゲームも動画も止まるし、友だちと話せない。何もできないから行きたくないって」
健一さんは、その言葉を聞いた瞬間、「Wi-Fiが遅いから来たくないのか」と受け止めたといいます。
しかし、娘はこう続けました。
「たぶん、それだけじゃないよ。向こうだと遊ぶ相手がいないし、私たちみたいにずっと構ってあげられるわけでもないでしょう。だから、タブレットに頼るしかないんだと思う」
国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査』によると、過去1年間に親から「孫の世話」の支援を受けた有配偶女性の割合は、親と「遠居」の場合は20%前後にとどまり、「近居」の30%台と比べて低い水準です。
山中さんご夫婦のように、高齢の祖父母にも日々の生業や長年培った生活リズムがあり、たまの帰省であっても「孫中心」で付きっきりで相手をすることは現実的に困難。少子化で親戚の子ども同士で遊ぶ環境も失われつつあるなか、結果として孫が手持ち無沙汰になりデジタルデバイスに頼らざるを得ない状況は、現代の帰省が直面しているリアルな実態といえそうです。