高収入世帯だからと、必ずしも安心というわけではありません。夫婦間の「金銭感覚のズレ」や「隠れた問題」を見過ごすと、老後の平穏は一瞬で崩れ去ります。ある夫婦の危機的な状況をきっかけに、誰もが直面し得る「老後破綻のリアル」について考えます。
1円単位で管理しています〈年金月17万円〉〈老後資金3,200万円〉65歳男性、質素倹約が美学だったが…17年後に抱いた「後悔の正体」 ※写真はイメージです/PIXTA

増え続ける預金残高

現役時代から“将来のために”と、貯蓄に励んできた池田さん。まったく「お金を使うこと」に興味がなかったわけではありません。

 

北海道を一周したい。

夫婦で九州を回りたい。

孫が生まれたら、家族旅行の費用は自分が出そう。

 

しかし、日々“将来不安”“老後不安”などの情報に触れていると、お金を使うことに対して大きな不安を覚えるようになったといいます。

 

「1泊2日の近場の温泉旅行に行くだけでも、『こんな贅沢をしていいのだろうか』と思ってしまう。そして家に帰ると、『この分を取り返さないと』と節約を始める。そのようなことの繰り返しでした」

 

亡くなった妻からも「そんなにお感を貯めて……誰のためのお金なの?」と幾度も言われたといいます。しかし池田さんは「備えは多いほど安心なんだ」と首を横に振りました。

 

妻は77歳で病気が見つかり、その翌年に亡くなります。

 

「今さら旅行なんて言われてもね」

 

その言葉だけが、今でも耳に残っているといいます。その後、娘からも似たようなことを言われました。

 

「お父さん、もっとお金使ってもいいんじゃない。本当に何かあったら、私たちを頼ってくれてもいいんだし」

 

そんな娘の言葉に対して、「お前だって、もらえたらうれしいだろう」と言い返しました。自身が亡くなったら、相続で大金を手にするのは娘ひとり。うれしいに決まっている――しかし、娘は意外な反応を見せたといいます。

 

「私たち、生活には困っていないよ。そんなことより、お母さんが元気なうちに色々なところに行きたかったなあ」

 

最近になって池田さんは、ようやく考え方を変え始めました。毎月3万円を「使うためのお金」と決めています。

 

月に一度は外食をする。

新幹線で日帰り旅行へ行く。

孫の誕生日には現金だけでなく、一緒に買い物へ出かける。

家計簿には、以前なら「無駄遣い」と書いていた支出が並びます。

 

それでも預金残高は大きく減りません。

 

「仕事を辞めて、年金をもらうようになってから、とにかく“お金を減らさないように”と必死だった。ただ度が過ぎちゃいましたかね……」

 

厚生労働省『2025年(令和7年)国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の1世帯当たり平均所得金額は336.1万円であり、全世帯平均の575.2万円を大きく下回っています。さらに、公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のうち、総所得に占める年金などの割合が「100%」である(年金収入しかない)世帯は41.3%に上ります。

 

限られた年金収入に頼り、病気や介護などの将来リスクに備えなければならない状況下では、池田さんのように「1円でもお金を減らしたくない」と防衛的な心理になるのは当然のこと。

 

しかし、過度な不安からお金を一切使わず、配偶者や家族との有意義な時間、そして人生の楽しみを犠牲にしてしまっては本末転倒。「将来への備え」と「今の豊かな経験」、そのバランスを元気なうちから家族で話し合い、後悔のない生きたお金の使い方を見つけることが、充実した老後を送るためには重要です。