(※写真はイメージです/PIXTA)
老後を共倒れで迎えるわけにはいかない
「今からでも生活を切り詰め、家賃の安いところに引っ越して、死に物狂いで老後資金を貯め直さなければ、2人で路頭に迷うことになる」
健一さんは借金の明細を突きつけ、最後の話し合いを試みました。だが、由美子さんの反応はあまりに他人事でした。
「あなたには退職金が入るでしょう?」
「今まで私も家事や育児をこれだけ我慢してきたんだから、定年前に少しは楽しませてよ」
長年、年収850万円の生活にぶら下がり、欲しいものを手に入れてきた由美子さんには、定年後に「住む場所すら失う」というリアルな危機感がどうしても伝わりませんでした。
健一さんは当時の心境をこう振り返ります。
「金額の多寡ではありませんでした。私が必死にバケツに水を溜めようとしている横で、妻は平気で底に穴を開け、指摘すれば逆ギレする。この人と一緒に定年を迎えれば、私の退職金もすべて妻の借金返済と買い物に消え、最後は老後破綻して共倒れになる。そう確信した時、離婚しか道はありませんでした」
蓄積された不信感と将来への恐怖は「婚姻を継続しがたい重大な事由」となり、調停を経て、子どもたちの独立を機に離婚が成立しました。
健一さんのように、子どもが独立するまで我慢し、長年連れ添った末に離婚を決断するケースは近年増加しています。厚生労働省『令和4年度 離婚に関する統計の概況』によると、離婚した夫婦のうち同居期間が「20年以上」の割合は昭和25年以降上昇傾向にあり、令和2年には全体の21.5%を占めるまでになっています。我慢を重ねて老後破綻の危機に直面する前に、新たな人生の再出発を選択する熟年夫婦が増えている実態がうかがえます。
離婚成立後、分けるべき貯蓄はほとんど残っていなかったため、由美子さんはわずかな財産分与だけを手に、都内の広々とした賃貸マンションを去らざるを得なくなりました。由美子さんが新しく選んだ住まいは、郊外にある築40年以上の木造アパート。家賃は月3万円、間取りは狭い1Kです。
生活費は財産分与で受け取ったわずかな資金を取り崩しながら賄っていますが、将来受け取れる由美子さんの国民年金と分割分の厚生年金の見込み額は月約9万円。そこから家賃3万円を支払えば、手元に残るのは6万円に満たない計算になります。
現在の由美子さんの部屋は、かつての豊かな暮らしとは程遠く、驚くほど質素です。冷蔵庫も洗濯機も中古の最低限の大きさのもの。ただ、その殺風景な部屋の棚にだけは、異様な光景が広がっていました。ルイ・ヴィトン、シャネル、エルメス――。かつて健一さんの目を盗み、リボ払いまでして買い集めたブランドバッグが、十数点も綺麗に並んでいるのです。
見かねた知人が「そのバッグを何点か売れば、当面の生活費や老後資金の足しになるでしょう」と勧めました。それでも、由美子さんは頑なに首を横に振ります。
「これは私の人生の証であり、財産だから絶対手放さない」
生活を維持するための優先順位が、周囲とは完全に違うのです。
一方、元夫の健一さんは現在、一人暮らしで穏やかな日々を送っています。コンパクトなワンルームマンションに引っ越し、日々の生活費は月18万円ほどに抑制。定年までの残り数年、残りの給与やボーナスを「今度こそ自分のための確実な老後資金」として着実に積み立てています。
「子どもたちが独立するまでと思っていたのですが……もっと早い段階で決断をしたらよかった」