厚生労働省『2024年 国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の平均所得は314万8,000円で、そのうち公的年金・恩給が所得の約63%を占めています。限られた収入で住居費や生活費を維持する高齢者は少なくありません。そんな社会課題に直面している一つの事例を通して、その実態をみていきます。
ご近所さんを気にするのは疲れました…〈年金月25万円〉70代夫婦、30年以上住み続けた戸建てを売却。庭も車もない「公営団地暮らし」で見つけた幸せ (※写真はイメージです/PIXTA)

この家に住む意味はあるのか

神奈川県郊外の分譲地に30年以上暮らしてきた安藤徹さん(72歳・仮名)は、昨年秋、妻の美智子さん(70歳・仮名)とともに住み慣れた戸建てを手放しました。引っ越した先は、駅から徒歩20分ほどの古い公営住宅でした。築40年以上の4階建ての2階で、団地にエレベーターはありません。間取りは3DKから2DKへ縮小。庭も駐車場もなくなりました。

 

周囲から見れば「生活水準を下げた」と映るかもしれません。しかし、安藤さん夫婦にとっては、長年抱えていた負担から離れるための選択でした。

 

「家を買った頃は、『自分たちの家だ!』と感動した記憶があります」

 

徹さんはそう振り返ります。住宅ローンを組んで購入したのは、1990年代のことでした。当時は子どもの進学や将来の資産価値を考え、郊外の大型分譲地を選びました。ローンは退職前に完済。ただし、家を持ったあとも支出は続きました。固定資産税は年間約18万円。外壁塗装や屋根修繕などの維持費として、10年ごとに100万円以上を使いました。

 

さらに、分譲地特有の付き合いも負担になっていきました。自治会活動、季節ごとの行事、近隣住民との関係維持――定年後の時間が増えるほど、それらが重く感じられるようになったといいます。

 

「本当は参加したくない集まりでも、欠席すると何か言われる気がした。年金暮らしなのに、周りに合わせるためのお金も時間も使っていました」

 

安藤さん夫婦の収入は、現在、夫婦合わせて月約25万円の年金のみ。厚生労働省『2024年 国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の所得において公的年金・恩給が大きな割合を占めています。年金を生活の中心にしている世帯では、住宅費や物価上昇への対応が家計を左右します。

 

安藤さん夫婦も例外ではありませんでした。以前の戸建て生活では、食費6万円、水道光熱費3万5,000円、通信費1万5,000円、医療費や日用品などで約4万円――色々足して、月約24万円。さらに固定資産税や修繕費を月換算すると、住宅関連だけで約3万円以上かかっていました。

 

収入を上回る月もあり、不足分は退職金から補っていました。退職時の貯蓄は約2,300万円。しかし、10年ほどで約700万円減りました。

 

「お金がなくなる怖さより、この先も同じ生活を続ける怖さのほうが大きかった」

 

きっかけは、近所の同世代の住民との会話でした。同じ分譲地で暮らしていた70代男性が、維持費を理由に家を売却したことを知ったのです。

 

「家を持っているから安心だと思っていた。でも、年を取ると家が資産ではなく負担になる場合もあるんだと思いました」

 

夫婦は少しずつ荷物を整理しました。子どもたちに相談すると、「売れるうちに売ったほうがいい」と背中を押されたそうです。戸建ては1,850万円で売却。残っていた住宅関連の借入はありませんでしたが、仲介手数料や引っ越し費用などを差し引き、手元に残ったのは約1,750万円でした。

 

公営住宅への転居後、家賃は月4万2,000円。車は手放し、近所への買い物は徒歩と公共交通機関に変えました。生活費は月約18万円まで減ったといいます。