超高齢・多死社会を迎えた日本。厚生労働省の「令和6年(2024年)人口動態統計」によれば、年間の死亡数は160万5,298人に達し、前年より2万9,282人増加しています。親の死は誰にでも訪れる確実な未来であり、それに伴って発生する「相続」は、どの家庭にとっても避けては通れない一大イベントです。しかし、いざ相続が発生した際、親族間のコミュニケーションが不足していると、遺産の分け方を巡って感情的な対立に発展し、大きなコストを支払うはめになるケースが後を絶ちません。本記事では、昭和の家長主義が色濃く残る家に嫁いだホナミさん(仮名/39歳)の事例とともに、義実家との円満がもたらす「実利」について解説します。※事例の人物名はすべて仮名です。
なにもかもが変わりました…ネチネチした姑、亭主関白な舅に辟易していた年収1,000万円・39歳嫁。大嫌いな義実家に突如として投下された「爆弾」 (※写真はイメージです/PIXTA)

上手くいかない義実家との関係

ホナミさんは、会社員である同い年の夫と結婚した長男の妻です。年収は1,000万円。夫の年収は800万円です。夫婦で協力し合って家庭を運営してきましたが、少し前までの頭痛の種は「地方にある夫の実家」でした。

 

義父母とは離れて暮らしているものの、「2ヵ月に1度は必ず顔を出すこと」という義実家独自の決まりがあり、これがホナミさんにとって重荷になっていました。義父は典型的な亭主関白で、義母はそれに従いながら嫁にネチネチと小言をいうタイプ。特に、出張が多くバリバリ働くホナミさんの仕事が義父の気に召さなかったようで、会うたびに「妻たるもの家庭を優先すべき」「仕事を退職したらどうだ」と何度も迫られたといいます。

 

そのたびに、(私が仕事を辞めたら、あなたの長男はいまの収入の半分以下で暮らさないといけないのに。なんにもわかっていない人)と、相手を見下すことで、自分の心を諫めていたそうです。

 

我慢を重ねていたホナミさんですが、あることを機に、義実家との関係が大きく変化しました。夫の弟が結婚し、新しいお嫁さんのユリさん(仮名)が加わったのです。

型破りな次男嫁

ユリさんはホナミさんの5歳年下。ホナミさんがこれまでに出会ったことのないような、天真爛漫なタイプでした。彼女の悪気のないマイペースな行動は、義実家の絶対的な秩序を少しずつ塗り替えていきます。

 

最初の事件は、義実家に集まった日のリビングで起きました。義母から「みんなにお茶を淹れてちょうだい」と頼まれたユリさんは、「わかりました!」と台所へ向かいました。ところが、なかなか戻ってきません。義母とホナミさんで様子を見に行くと、なんとユリさんが自分で淹れたハーブティーとお土産のお菓子を、誰よりも先に口にしてソファでくつろいでいたのです。

 

驚いた義母が「あなた、お父さんたちより先にいただくなんて……」と咎めると、ユリさんは満面の笑みでこう返したといいます。

 

「えぇ! お義母さんはつまみ食いをしないんですか? 淹れたての一番美味しい瞬間を味わうのが、淹れた人の特権なのに」

 

あまりに堂々とした楽しそうな姿に義母は毒気を抜かれ、それ以来、少しずつユリさんのペースに巻き込まれていくことになります。

 

義実家での食事の場面でもユリさんの独壇場でした。夕食の担当を任されると、スパイスの効いたココナッツカレーや魚醬を使ったガパオライスを用意しました。どれも本格的で美味しそうでしたが、ホナミさんはみていて冷や冷やとしていました。馴染みのある料理しか受け付けない義父が、歓迎できないというように眉間にシワを寄せると、ユリさんはすかさずこう声をかけました。

 

「お義父さん、新しい味に挑戦しないと脳が鈍っちゃいますよ! 食べてみるだけ食べてみてください。文句があるなら、次はお義父さんが腕を振るってくださいね」

 

この強烈なけん制に、普段なら怒り出すはずの義父も言葉を失い、黙々とスプーンを動かすしかなかったようです。その様子を横で見ていたホナミさんは、心の中で吹き出しそうになるのを必死でこらえていたといいます。

 

さらに周囲を驚かせたのは、食後の片付けの場面でした。いつもなら義父は食べ終えると食器をそのままにリビングへ戻り、義母とホナミさんが片付けに追われるのが当たり前でした。しかし、ユリさんは当たり前のような顔をして、ソファでテレビを見始めた義父のもとへ、使用済みの大皿を持って歩み寄りました。

 

「お義父さん、これシンクまで運ぶの、手伝ってもらっていいですか? 結構重くて私じゃ落としそうなんです!」

 

嫌味や計算は一切なく、本気で頼りにしているといったトーンの直球なお願いでした。「男は台所に立つな」が持論だったはずの義父ですが、目の前でニコニコと大皿を差し出され、バツの悪そうな顔をしながらも「……しょうがないな」と立ち上がり、自らの手で皿をキッチンへ運んだのです。50年間誰も動かせなかった家長が、片付けに巻き込まれた瞬間でした。