「親の年金」だけでは足りない
結局、雄介さんは退職届を提出します。
「親の年金もある。しばらく介護に専念して、落ち着いたら働けばいい」
その判断を、深く考えませんでした。しかし、「落ち着いたら働けばいい」という考えは非常に危険です。厚生労働省の『令和6年雇用動向調査』によると、雄介さんと同年代(40~44歳)である男性一般労働者の転職入職率は5.9%と低水準。さらに再就職した同年代男性のうち、前職を「介護・看護」で辞めた人はわずか0.7%に過ぎません。また、40代前半の転職者の29.0%が賃金減少し、21.2%は1割以上の大幅な減収となっています。安易な介護離職からの復職と収入維持は非常に困難なのが現実です。
退職から半年。生活は少しずつ変わり始めました。父母の年金は合計約25万円です。一方で、介護用品代や通院交通費、紙おむつ代、介護保険サービスの自己負担などが毎月4万~5万円ほど発生するようになりました。
電気代も上がります。父はほぼ一日中エアコンを使い、医療機器も稼働しています。以前は余裕があった家計に、毎月数万円の赤字が出るようになりました。そのような場合は、親の貯蓄を取り崩して対応。雄介さんは、「年金もあるし、多少の貯蓄もある。心配ない」と考えていたといいます。
退職から2年。母も介護負担からか体を壊し、1日のほとんどをベッドの上で過ごしています。そのため、雄介さんが介護のすべてを担っています。
父は施設入所を勧められましたが、とても考えられた状況ではありません。母の医療費がかさみ、赤字幅はさらに拡大。施設に入れば、さらに出費がかさむでしょう――どう考えても無理でした。
年金だけでは足りず、親の貯蓄は加速度的に減っていきます。雄介さんの貯蓄は420万円のまま、増えることはありません。そのうち、親の貯蓄もつき、雄介さんの貯蓄を取り崩す、そんな日も来るかもしれません。しかしそうなったとしても、いつまでもつのか――。
「すべては、私が好き勝手生きてきた罰でしょうか。八方塞がりです」
親の貯蓄はまだ残っているので、生活保護を受けられるような状況ではありません。一方で、このまま何も手を打たなければ、貯蓄が減り続けることは目に見えていました。そんななか、雄介さんは市の地域包括支援センターへ相談に足を運びます。
担当のケアマネジャーは、介護サービスの利用方法を改めて見直しました。父はデイサービスや訪問介護を拒否することが多く、「知らない人を家に入れるな」「施設には行かない」と感情的になる場面も少なくありませんでした。それでも本人や家族と根気強く話し合いを重ね、短時間の利用から少しずつサービスに慣れていくことになりました。
また、介護保険サービスの自己負担額が一定額を超えた場合に払い戻しを受けられる制度や、高額な医療費の負担を軽減する制度についても案内を受けました。紙おむつ代や日用品代など自己負担となる費用は残るものの、それまで家計を圧迫していた介護費用の一部は軽減されることになります。
さらに、父については特別養護老人ホームへの入所も申し込みました。すぐに入所できるわけではありませんが、待機期間中はショートステイを活用しながら、家族の介護負担を少しでも減らせるよう調整が進められました。
一方で、雄介さん自身も働き方を見直す決断をします。介護と両立しやすい勤務形態の仕事を探し、短時間勤務から社会復帰を目指すことにしました。収入は以前より少なくなったものの、給与という新たな収入源を確保できたことで、家計は年金だけに頼る状態から少しずつ抜け出していったといいます。