高齢者の孤独につけ込む悪質な販売被害が後を絶ちません。離れて暮らす親を案じて仕送りを続けていても、そのお金が思わぬ形で消えていくケースがあります。年金月7万円の母親から突然「もうお金はいらない」と告げられた長男の体験を通して、見えにくい高齢者被害の実態をみていきます。
「もうお金はいらない」〈年金月7万円〉78歳母から不審な電話。慌てて帰省した長男が絶句した〈実家の異変〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

おかしい…実家に毎日届く宅配便

そんなある日、健一さんは実家近くに住む叔母から連絡を受けます。

 

「最近、お姉さんの家に宅配便が毎日のように来てるよ」

 

気になった健一さんは配送履歴を調べようとしましたが、和子さんは強く拒みました。

 

「子ども扱いしないで」

 

その言葉に押し切られます。一方で、和子さんの様子はさらに変わっていきました。

 

「体が軽くなる商品を教えてもらった」

 

電話のたびに聞き慣れない話が増えます。健一さんは不安を覚えました。そのことを伝えると、和子さんは怒りました。

 

「私にも自由に使えるお金くらいある」

 

確かに、仕送りを断られてからも和子さんは元気に暮らしています。「年金だけでは大変」というのは、自分の思い込みだったのかもしれない……そう考えたといいます。しかし、決定的だったのはある日の電話でした。


「健一、本当にお金はいらないからね、私を大事にしてくれる人がいるから」

 

その言葉を聞いた瞬間、「母は絶対に良くないことに巻き込まれている」という直感が働き、週末の新幹線を予約しました。そして実家の玄関前に立ったのは土曜日の午後。チャイムを押しても反応はありません。合鍵で玄関を開け、居間に入った瞬間、言葉を失いました。段ボールの山、山、山。箱には健康食品の名前が印刷されていました。


別の箱には磁気ネックレス。開運ブレスレット、浄水器、波動測定器……見たこともない商品が次々と出てきます。納品書を確認すると、1箱18万円、24万円、35万円という金額が並んでいました。購入総額は半年で300万円を超えています。

 

「何やってるんだよ!」

 

外出から帰宅した和子さんに、健一さんは思わず声を荒らげました。和子さんは怯えた表情を浮かべながら、小さくつぶやきました。

 

「だって、あの人たちは毎日電話をくれるから……」

 

健一さんは言葉を失いました。和子さんは続けます。

 

「体のことも聞いてくれるし、話も聞いてくれるし、私のこと、必要だって言ってくれるし」

「今度、お客さんを紹介してみないかって言われてるの。和子さんならできるって」

 

健一さんは嫌な予感がしました。納品書の束をめくると、同じ会社の商品が何度も購入されています。

 

「まさか、それを信じたの?」

「うまくいけばお金も入るかもしれないって。そうしたら、もう健一に迷惑をかけなくて済むでしょう」

 

その言葉に、健一さんは何も返せませんでした。

 

国民生活センター『2024年度全国の消費生活相談の状況』によると、70歳以上の相談割合は26.2%と過去最高を記録しました。また、同年代の相談で「健康食品」は15,725件にも上ります。和子さんのように電話勧誘等で次々と高額商品を買わされる高齢者の被害は後を絶ちません。一方で、本人が被害と認識していないケースも少なくありません。和子さんもそうでした。


「騙されたんじゃない」「みんな優しい人だった」と繰り返します。毎日の連絡、体調を気遣う言葉、名前を呼んでくれる相手――1人で暮らす和子さんには必要だったのです。


高齢者の孤立は深刻な被害を招く要因となります。内閣府『令和7年 人々のつながりに関する基礎調査』によると、家族や友人等とのコミュニケーション頻度が「週に1回未満」の高齢者は、70代で9.3%、80歳以上で10.8%に上ります。また、同居人がいない70代の6.3%、80歳以上の5.1%が常に孤独を感じています。このような被害を防ぐには、日常的な声掛けやつながりの維持が重要です。