(※写真はイメージです/PIXTA)
「施設に入れることへの申し訳なさ」の先
入居前日、ナオキさんは実家に一泊しました。荷物の整理はほとんど終わっていて、がらんとした居間でふたりは夕食をとりました。
食事が終わると、アキオさんはしばらく縁側から庭を眺めていました。「嫌だったら、言ってくれていいよ」とナオキさんが声をかけると、アキオさんは首を振りました。「お前に迷惑かけたくないから」。それだけ言って、部屋に戻っていきました。
深夜、アキオさんが眠ったあと、ナオキさんは自分の中の感情を整理しようとしました。最初は「施設に入れることへの申し訳なさ」だと思っていました。しかし、掘り下げていくと、罪悪感の根にあったのは少し違うものでした。
施設を探していた数ヵ月間、ナオキさんは「月14万円の年金の範囲に収まる施設」という条件で考え続けていました。結局足が出ましたが、予算の範囲内での施設を見つけました。もし父がもっと多くの老後資金を持っていれば。もし自分に、毎月の差額を補える経済的な余裕があれば。もし10年前、20年前に、父の老後について一度でも真剣に話し合っていれば——そういった「もし」が次々と浮かんできました。
「父さんをここに入れることが嫌なんじゃない。こういう状況になるまで、なにも準備してこなかった自分が嫌なんだ」。ナオキさんはその夜、それが罪悪感の正体だと気づきました。
年金月14万円が映し出す、老後費用の現実
厚生労働省の「特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和7年度)」によれば、特別養護老人ホームの入所待機者は全国で約20.6万人にのぼります。しかも特養は原則として要介護3以上が対象のため、要介護2のアキオさんのようなケースは、そもそも入所申請すら困難な場合があります。
では民間施設はどうでしょうか。厚生労働省の「有料老人ホームの現状と課題について(令和7年)」では、介護付き有料老人ホームの月額目安は30万円以上で、住宅型有料老人ホームは10〜20万円程度かかります。年金月14万円という収入でこれらを賄うのは、補填する貯蓄や家族のサポートなしには難しいのが現実です。
こうした状況のなかで、家族が在宅介護を抱え込み、仕事との両立が困難になっていくケースも後を絶ちません。総務省「令和4年就業構造基本調査」によれば、介護を理由に離職した人は年間約10万6,000人で、そのうち40〜50代が約7割を占めます。ナオキさんのように、仕事を続けながら週末介護を担う子世代が限界に達する前に、施設入居という選択をするケースは今後も増えていくとみられます。
「備える」ことが、選択肢を守る
老後の介護費用を、親子でどう備えるかは、できるだけ早い段階で話し合っておく必要があります。年金額・貯蓄・本人の希望する介護の形・家族が負担できる範囲——これらを親が元気なうちに確認しておくことが、いざというときの選択肢の幅を大きく変えます。
アキオさんは翌朝、施設へと向かう車の中でずっと窓の外を見ていたそうです。ナオキさんはなにもいえませんでした。「もし10年前に話せていたら、違う選択肢があったかもしれない」。その思いはいまも消えていないと、ナオキさんは言います。
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