予算の壁に突き当たり、何十件もの資料をめくった末にようやくたどり着いた、とある介護施設。スタッフも親切で、費用も予算内に収まる。「これでやっと、仕事と介護の両立から解放される」と胸をなでおろしたはずが……。※事例の人物名はすべて仮名です。
「見学に行って、言葉を失いました」…〈年金月14万円・要介護2〉の81歳父、老人ホーム入居前日に息子が抱えた“罪悪感の正体” (※写真はイメージです/PIXTA)

特養には入れない現実

ナオキさんが、81歳の父・アキオさんの施設入居を本格的に考えはじめたのは、2年前のことでした。アキオさんは工場の元溶接工で、3年前に妻(ナオキさんの母)を亡くし、一人暮らしを続けていました。年金は国民年金と少額の厚生年金を合わせて月14万円。自分で建てた家に住み、細々とした生活を送っていましたが、脳梗塞で倒れたのをきっかけに要介護2の認定を受けました。

 

ナオキさんはそれ以来、週末のたびに電車を乗り継いで妻と交代で実家に通い、父の世話をしてきました。入浴の介助や食事の準備、通院の付き添い——仕事との両立はじりじりと限界に近づいていました。ケアマネジャーから「そろそろ施設への入居を考えてもいい時期です」といわれたとき、正直なところ、ナオキさんと妻は「ほっとした」と言います。

 

まず候補に挙がったのは特別養護老人ホーム(特養)でした。公的施設のため月額費用が抑えられ、アキオさんの年金でも賄いやすい。しかし担当のケアマネジャーから告げられたのは、「特養は原則として要介護3以上が対象です。要介護2のアキオさんは、特例入所の審査を経ないと難しい」という現実でした。

 

次に当たった民間の介護付き有料老人ホームは、月額25万〜30万円が相場でした。年金14万円との差額は毎月10万円以上。何十件と資料請求を繰り返すなかで、ようやく見つけたのが郊外の住宅型有料老人ホーム、月額約16万円の施設でした。

 

住宅型有料老人ホームの場合、その月額料金には、住居費や食費といった最低限の「基本料金」しか含まれていないことがほとんどです。施設内に介護スタッフが常駐して一括ケアをしてくれる介護付きホームとは異なり、住宅型は外部の介護事業所と個別に契約を結び、訪問介護などのサービスを利用しなければなりません。

 

つまり、要介護2のアキオさんが入浴の介助や部屋の掃除を頼めば、その都度、介護保険の自己負担分(1〜3割)が数万円単位で上乗せされていきます。さらに、毎月の医療費や薬代、オムツ代などの日用品費、さらにはリネンレンタル代などを加算していくと、実際の月々の支払いは19万〜20万円近くに達する見込みでした。

 

年金14万円との差額は、毎月5万〜6万円。それでも、当初検討していた「毎月10万円以上の赤字」に比べれば、ナオキさんの手元貯金から補填してなんとか賄える――。そう意を決したナオキさんは、妻を伴って施設の見学へと向かいました。

見学に行って、言葉を失った

施設は築20年ほどの建物で、外観は整っていました。スタッフが案内してくれた個室は6畳ほどのスペースで、壁際に小さなベッドと収納棚が置かれていました。窓の外に見えるのは、隣接する駐車場でした。

 

廊下に出ると、車椅子に乗ったまま壁に向かって座っている入居者の方が何人かいました。テレビの音がロビーから聞こえてきます。スタッフは明るく親切で、「ここは雰囲気がよくて……」と丁寧に説明してくれました。

 

ナオキさんはうなずきながら話を聞いていましたが、上手く言葉が出ませんでした。頭の中では、別のことを考えていたからです。父がかつて自分で建て、長年丹精込めて手入れしてきた庭のこと。現役のころは工場で鉄を溶かし、休日には庭の草花を育てていた父のこと。その人が、この6畳の個室の窓から駐車場を眺めながら残りの日々を過ごすのだ、と。

 

「施設が悪いわけじゃないんです。スタッフの方も一生懸命でした。ただ、これしかできなかったという気持ちが、ずっと残って」