(※写真はイメージです/PIXTA)
生死の境でよぎった後悔と、病室で灯った小さな変化
死を覚悟したAさんは、走馬灯のようにこれまでの半生がよぎったそうです。
「生きてきてよかったことは、通帳の残高が増えたことだけだったな。俺が死んだらあのタワマンの部屋と残高はどうなるのかな? もったいないなぁ。父さんは、男ならなにか成し遂げてから死ね、とよくいっていたけど、鼻で笑って殴られたこともあったな。そういえば、俺はこの50年でなにをしたんだろう」
意識が薄れゆくなかで、ぼんやりと自問自答したと振り返ります。
生死の境をさまよって一命を取り留めたものの、妹が身の回りの世話に来てくれただけで、見舞客は誰一人現れませんでした。
タワマンでも会社でも孤独だったAさんですが、病院で過ごす日々のなかで、彼の心に少しずつ変化が訪れます。看護師や担当医、リハビリの先生たちが優しく接してくれたからです。さらに、同室になったバイク事故で足を骨折した大学生の存在は大きかったといいます。時折会話を交わすうちに、自分の若いときを思い出したり、「自分も子どもがいたらこの子くらいかな?」としみじみ考えたりするようになったとのこと。
3億円のタワマンを捨て、中古の軽バンで踏み出す「本当の人生」
退院後、自宅のタワマンに戻ったAさんは、また特にやることもなく、スマホで自慢や批判を重ねる日々に戻ってしまいました。会社に行かなくなった分、そうした時間はさらに長くなったようです。
ですがAさんの心には、あの病院で過ごした記憶が確かに残っていました。接したことのない年代の違う人と話し、人の優しさに触れた経験が、彼をハッと現実へ引き戻します。
「入院していた時期が一番楽しかったなんて、つまらない人生だな。仕事もクビになったし、本当にこのままなにもしないで人生終わるのかな。俺は何のために3億円も貯めたんだろう」。そんな考えが湧いてきたそうです。そして、同室だった大学生の笑顔が浮かびました。
「そういえば俺、昔は写真サークルに入っていたんだよな。いまでも写真は撮るけど、どうせ暇だし、それならカメラを抱えて日本中を周ってみるか」
そう決意してからのAさんの行動は迅速でした。すっかり飽きてしまったタワマンの生活に見切りをつけ、部屋を売却。昨今の不動産価格の高騰も手伝って、彼の通帳残高はさらに膨らむことになりましたが、もうお金に執着する理由はありません。静かな郊外に小さなアパートを借り、最低限の家電や家具だけを移しました。
Aさんは、手に入れた一台の中古の軽バンに大好きなカメラ機材を積み込んで、1年ほど旅をしました。あえてお金をかけない旅を選ぶことで、眠っていた、世界を美しく切り取ることが好きな「昔の自分」を取り戻せたような充実感が胸に広がったといいます。
50歳になったAさんの「本当の人生」は、まさにこの瞬間から始まったのです。いまのAさんには、かつての孤独で頑なだった面影は、もうどこにもありません。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
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