(※写真はイメージです/PIXTA)
何もする気が起きない
義雄さんは大手メーカーで38年間働いてきました。定年前の年収は約950万円。住宅ローンは完済済みです。退職金も受け取っていました。金銭的な不安はほとんどありません。それでも生活は崩れ始めていました。
朝は7時に目が覚める。テレビを見ながら昼になる。コンビニへ行き弁当を買う。食べたら、また横になる――その繰り返しです。
「洗濯しようと思うんだけどな」
「掃除もしないとな」
そう考えても体が動かない。気づけば翌日になっている。そんな毎日だったといいます。
離婚前、家事の大半は妻(翔太さんの母)が担っていました。義雄さん自身も手伝ってはいましたが、主導していたわけではありません。1人になると、何をどの順番で片付ければいいのか、わからなくなったのです。
さらに定年によって生活リズムも失いました。再雇用されましたが、責任のない嘱託社員。定年前には9時始業のところ8時には出社をしていたのが、今は9時ギリギリに出勤。以前は20人ほどの部下がいましたが、今は雑務中心で、人とあまり話すことなく、淡々と作業をこなすだけ。電話が鳴ることもほとんどありません。
「会社の人間関係が大きく変わった。60代ってこういうもの」
静かに進む生活崩壊
翔太さんが異変を感じたのは、家の状態だけではありませんでした。父の表情が変わっていたのです。以前は冗談を言う人でした。孫の写真を見れば笑顔になりました。
ところが、その日は感情の起伏がほとんどありません。会話も続きませんでした。
内閣府『人々のつながりに関する基礎調査』によると、60代で同居人がいない人の孤独感が「しばしばある・常にある」割合は10.8%で、同居人がいる人(2.5%)の約4倍に上ります。また配偶者と離別した人全体でも13.7%と高い水準を示しています。熟年離婚や定年退職を機に家庭や社会での役割やつながりを一気に喪失することが、経済的余裕があっても60代男性を深い孤独と生活崩壊へ追い込む深刻な要因となっています。
友人はいる。しかし頻繁に会う仲ではない。趣味も特にありません。
「定年を迎えて時間ができたら考えるつもりだった」
義雄さんはそう話しました。しかし実際に時間ができると、何をしていいか、わからなかったのです。
家の中で過ごす時間は日に日に長くなりました。ゴミを捨てるのが面倒になりました。洗い物も後回しにしました――その積み重ね。ある日突然、ゴミ屋敷になったわけではありません。小さな放置が何十回も続いた結果だったのです。
「ああ、毎日何のために生きているのか、よくわからないな」
義雄さんは決して不幸な人生を送ってきたわけではありません。仕事も真面目に続けました。家族も養いました。住宅ローンも完済しました。老後資金もあります。それでも、今は1人です。ただ孤独だったのです。
数週間後、翔太さんの手で、実家は見違えるほど片付きました。けれど不安は消えていません。次に帰省したとき、父はどんな表情をしているのか……まだ何ひとつ片付いていないように感じるといいます。