(※写真はイメージです/PIXTA)
コロナ禍…出向、給与削減、初めて知った「減額」の存在
そんなAさんを襲ったのが、新型コロナウイルス流行による観光業界の停滞だった。
「ツアーも止まって、新規の企画もできなくて。グループ会社に出向になって、全然違う仕事をすることになったんです。給与がゼロになるわけではなかったんですけど、手当がなくなって、手取りで月3〜4万円くらい減った感じです。本当にギリギリでした」
固定費を徹底的に見直すことにした。携帯電話を格安プランに切り替え、サブスクを整理した。そして「奨学金もなんとかならないか」と調べたことで、収入が一定以下であれば月々の返済額を減らす「減額返還制度」や、一時的に返済を止める「返還期限猶予制度」が存在することを知る。
「そういう制度があること自体、知らなかったんです。申請したら通って、月々の負担がかなり軽くなりました。なんでもっと早く知らなかったんだろうって思いましたね」
コロナ禍が落ち着くと、Aさんは転職し、現在は事務系の仕事に就いている。収入は回復したものの、以前のように旅行業界へ戻りたいという気持ちは薄れたという。返済額は収入に応じて変動し、現在は月3,000円まで減額。返済開始から10年近くが経つが、残高はなお150万円残っている。
完済の目途は立たず、150万円の残高に辟易
「減額できるあいだは無理に繰上げ返済をしようとは思わない」とAさんは話す。第一種奨学金は無利子のため、早く返しても利息を減らせるわけではない。それよりも月々の負担を抑えて手元の余裕を確保するほうが、いまの生活には合っていると考えている。「早く返すメリットがないなら、使える制度は使おうっていう感じです」と、割り切ったそう。
一方で、SNSで奨学金に関する投稿をみるたびに、「奨学金は借金だ」という言葉が目に入る。借りた当時は意識していなかったその言葉が、いまは妙に胸に刺さる。
「あとから、知りました。これ、ただの借金だったんじゃんって。借りていない人からみたら、『借金あるの?』って思われる。そう考えると、気持ちが暗くなります」
久しぶりに残高を確認すると、まだ150万円という数字が目に入った。
「果てしないなと思ったから、もう記憶から消すようにしてるんです」。完済がいつになるのか、自分でも正確には把握していないという。
「もらえるお金」という誤解
Aさんは「借りたときはもらえるお金だと思っていた」と語った。こうした感覚は、決してAさんだけのものではない。奨学金を借りる手続きは、大学の入学案内と一緒に届き、書類に記入して審査を通れば毎月口座に振り込まれる。現金が入ってくる体験は「もらう」感覚に近く、「返す」という現実は遠い将来の話として処理されやすい。
しかし社会に出た途端、その構造は逆転する。手取りが思ったより少なく、税金や社会保険料が引かれ、その上に毎月の返済が固定費として加わる。Aさんの「借りたときは気楽に考えていたのに、返す立場になったら全然違った」という言葉は、借りるときと返すときの大きなギャップを象徴している。
コロナ禍という外部要因が重なったAさんのケースは、奨学金を抱えた若者が経済的なショックに対していかに脆弱かを示している。減額制度や猶予制度は存在するが、その存在を知らないまま苦しんでいる返済者は多く、知っても上限があることにあとから気づくという現実もある。
「進学費用を誰が負担するのか」という問い
Aさんは「できるなら奨学金は全部給付型がいい」と話した。この声は、奨学金を返済している多くの若者に共通するものだ。
日本では給付型奨学金の拡充が進んでいるものの、対象は住民税非課税世帯など低所得層が中心となっている。そのため、経済的に余裕があるわけではないにもかかわらず対象外となる家庭では、依然として貸与型奨学金に頼らざるを得ない。
大学進学が事実上のスタンダードとなっている現在、その費用負担を誰が担うのかという問いは、個人だけでなく社会全体で考えるべき課題になっている。給付型奨学金の拡充や対象者の見直しを含め、貸与型だけに依存しない仕組みづくりが求められている。
大野 順也
アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長
奨学金バンク創設者
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