(※写真はイメージです/PIXTA)
絶望の淵に立たされた母親のその後
娘が出ていった家で、こちらもA子さんと同じく人生で初めて一人暮らしをするA子さんの母親を待ち受けていたのは、底知れない不安と恐怖でした。母親には「娘に捨てられた」という意識しかありません。
もし娘からの仕送りが途絶えてしまえば、手元に残るのは毎月7万円の国民年金と、わずかながらの貯蓄だけです。いくら持ち家で家賃がかからないとはいえ、毎月の光熱費や食費、そして持病の医療費を差し引けば、単身の家計でも赤字となります。
実際、これまでの生活もA子さんのしっかりとした収入があったからこそ成り立っていた「綱渡りの家計」でした。母親は、娘の経済的援助が止まれば数ヵ月で貯蓄が底をつき、一気に生活が破綻するという「老後破産のタイムリミット」を嫌でも意識せざるを得ない状況に追い込まれたのです。
かつてテレビのニュース番組で見た孤独死の特集が、何度も脳裏をよぎります。「自分も孤独死して、数日間は誰にも発見されなくなるのではないか?」押し寄せる経済不安と孤独感に耐えかね、転居当初の母親は、毎日のように東京のA子さんへ電話をかけ続けました。
そんな母親を助けてくれたのは、夫を亡くして一人暮らしをしている高校時代からの友達でした。娘の上京を知ったその友人は、閉じこもりがちだった母親を強引に外へと連れ出し、寂しくて仕方がない夜には泊まって一緒に過ごしてくれたのです。
毎日のようにかかってきた母親からの電話は、友人が外に連れ出してくれるおかげか、だんだんと減っていきました。それと比例するように、A子さんが実家へ帰郷する間隔も、少しずつ長くなっていったのです。
離れて暮らすようになってから、およそ1年が経とうとしたある週末のこと。A子さんは久しぶりに実家を訪ねました。そこで彼女を出迎えたのは、子猫を抱っこした、明るい顔の母親だったのです。
「さみしいから野良猫を拾ってきて飼ったのよ」「最近は友達と温水プールに通っているの」と嬉しそうに話してくれました。
ペットを飼育することにも、スポーツを始めることにも、一定の維持費やお金がかかります。国民年金だけの母親にとっては決して小さな出費ではありませんが、A子さんはなによりも、母親が自らの意志で人生を楽しんでいるという事実に胸が熱くなりました。
もしあのとき、罪悪感に負けて東京行きを諦めていたら、二人の関係は共依存のまま破滅へ向かっていたかもしれません。あえて「冷たい突き放し」を選択したからこそ掴みとることができた、親子の穏やかな日々に、A子さんは心からの安堵を覚えるのでした。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
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