(※写真はイメージです/PIXTA)
最初のボタンで手にした「50万円」が狂わせた歯車
「画面を数回タップしただけで、1ヵ月分の給料以上のお金が手に入りました。あのときの高揚感が忘れられなかった」
都内在住、元高校教師の佐藤重雄さん(64歳、仮名)。真面目一筋で教壇に立ち続け30年強。4年前に定年退職を迎えました。周囲からも、真面目一徹で地道に貯蓄を続けるタイプだと思われていたといいます。
転機は退職から半年が経った頃でした。元同僚から「これからはスマートフォンで手軽に資産運用をする時代だ」と勧められ、大手のネット証券口座を開設したのです。
「退職金の一部である200万円を元手に、話題になっていた国内のIT関連株をいくつか購入しました。投資の仕組みもチャートの読み方もよく分からず、ただ知名度だけで選びました」
しかし、偶然にもその直後にIT業界全体に好景気の波が押し寄せました。佐藤さんが購入した銘柄は数日連続で急騰し、購入からわずか2週間で評価益が50万円を超えたのです。
「毎日、スマートフォンの画面を見るたびに資産が増えていきました。『自分には投資の才能があるのではないか』。そう思ってしまったんです」
これが、その後の転落へと続くビギナーズラックの始まりでした。
「もっと稼げる」という過信と投資額のエスカレーション
最初の成功で自信を得た佐藤さんは、投資に関する書籍を数冊読み、にわか知識を身につけました。次に目をつけたのは、値動きの激しい「暗号資産(仮想通貨)」や、レバレッジをかけて手元の資金の何倍もの取引ができる「FX(外国為替証拠金取引)」でした。
「最初は数万円単位で取引していましたが、負けた分を取り返したいという気持ちが強くなりました。元教師としてのプライドもあり、自分が間違っているとは認めたくなかったのです」
気がつけば、日中だけでなく夜もスマートフォンの画面に張り付き、為替レートの変動を一喜一憂しながら見つめる日々が始まりました。生活リズムは崩れ、かつての穏やかな暮らしは失われていきました。
シニア世代は退職金などでまとまった資産を手にする機会が多い一方、金融に関する知識が必ずしも十分とはいえません。
金融経済教育推進機構『金融リテラシー調査 2025年』によると、金融知識について「詳しくない」と自己評価する割合は男性の70歳代で高くなっています。また、実際の金融や保険に関する知識を問う設問でも、男女ともに70歳代は正答数が少なく、「全問不正解」や「1問正解」の割合が高い傾向にあります。
シニア世代には、十分な知識を持たないまま退職金を元手にハイリスクな投資に手を出し、大切な老後資金を失って生活を崩してしまう危険性が潜んでいるといえるでしょう。安全に資産管理を行い、穏やかな老後生活を送るためには、金融リテラシーの向上が重要な課題といえます。