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「卒婚」の提案と、経済的自立の選択
由香里さんが求めたのは、即座の法的な「離婚」ではなく、戸籍上の婚姻関係を維持したままお互いの干渉を減らして生活する「卒婚」の要求でした。由香里さんは「これからはあなたの食事や洗濯は、基本的には自分でやってください。私も自分だけの時間を生きたいんです」と告げたといいます。
それから数週間が経ち、定年退職日を迎えました。会社の退職金規程に基づき、退職後1ヵ月以内に指定口座へ3,500万円が振り込まれました。加藤さんは由香里さんの意図を汲み、そのうちの1,750万円を由香里さんの口座へと送金しました。
加藤さんは、この提案に大きな衝撃を受けつつも、由香里さんの言葉の重さを反芻していました。
「大きな不満があったわけではない。ただ純粋に、子育てが終わり、夫の定年という節目を迎えたことで、これからは一人の大人として自立し、自分の人生を歩みたいと何度も言われました」
加藤さんが会社で必死に役職を上げてきたように、由香里さんもまた、人生の後半戦に向けたキャリアや生き方を真剣に考えていた――そう気づかされたそうです。
統計からみる「同居型卒婚」へのハードル
厚生労働省『令和7(2025)年人口動態統計月報年計(概数)』によると、全体の離婚件数は17万9,068組と前年より減少。しかし同居期間別に見ると、他のすべての期間で離婚が減少しているにもかかわらず、「30年以上」の夫婦に限っては増加しているという実態が浮き彫りになっています。
加藤さん夫婦(結婚34年目)が含まれる「30年~35年未満」や「35年以上」の層では、定年退職や子育ての終了を機に、新たな人生の歩み方を選択する熟年夫婦が着実に増えているのです。
熟年離婚という選択肢が一般的になるなか、あえて法的な離婚には踏み切らず「同居型卒婚」を選択することは、経済的なリスクや煩雑な手続きを避けつつ、互いの自由を尊重し合うという、人生100年時代における現実的な落としどころといえるのかもしれません。
しかし、卒婚を円滑に進めるには明確なルール作りが必要です。民法760条では「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と婚姻費用の分担義務が定められています。戸籍上の夫婦である以上、別々に生活を送るとしても、経済的な基盤をどう分かち合うかが法律上の焦点となります。