定年退職などを機に利便性を求めて地方から都市部へ移住する「老後の住み替え」。しかし、長年親しんだ地域のコミュニティを離れ、最新鋭の住環境へ身を置くことが、必ずしも正解とは限りません。子どもの住む東京に移住してきた夫婦(当時65歳)のケースから、8年が経過した現在の生活のリアルと、老後のコミュニティ形成のあり方を見ていきます。
〈老後資金7,000万円〉〈年金月30万円〉70代夫婦、東京移住の誤算。駅近タワマン×バリアフリーの快適さの裏で直面した「恐ろしいほどの静寂」 (※写真はイメージです/PIXTA)

地方の「お節介」から、タワマンの「完全な静寂」へ

「ここは驚くほど静かですが、外の音も隣の人の気配も一切聞こえないその静けさが、これほど恐ろしいものだとは思いもしませんでした」

 

都心のタワーマンションの一室で、三浦和男さん(73歳・仮名)はそう語ります。和男さんと妻の恵子さん(71歳・仮名)が、東北地方の新興住宅地から現在の住まいへ移住したのは、和男さんが65歳で完全リタイアを迎えた8年前のことでした。

 

現役時代は地元のインフラ企業で働き、退職金と貯蓄を合わせた預貯金は7,000万円ほど。夫婦合わせた年金は月30万円ほどと、ゆとりある資金を背景にした決断でした。動機は、都内で暮らす子どもたちの近くに住むことと、将来の医療や買い物の利便性を考慮してのことです。地方の持ち家を売却し、都心の30階建てタワーマンションの2LDKを購入しました。

 

三浦さん夫婦の決断は決して珍しくありません。国土交通省『令和5年住生活総合調査』によると、高齢者世帯が住み替えにおいて重視する居住環境は「日常の買物などの利便」(41.6%)や「医療・福祉・介護施設の利便」(16.8%)が上位を占めています(すべて持ち家からの住み替え)。

 

また、持ち家への住み替えを希望する「65歳以上の夫婦世帯」が、住み替え後の居住形態として「共同住宅(マンション等)」を選ぶ割合は、新築・中古合わせて22.3%。利便性やバリアフリーを求めてマンションを選ぶのは、高齢期における自然な選択といえます。

 

「快適ですよ。駅近接だし、駅前だけで何でも揃うし。地元では車が必須。特にこの年齢になったら、免許返納もすぐですからね。東京に来てよかったですよ」

 

一方で、東京での生活は驚きの連続。

 

「地元では、みんな同じ時期に引っ越してきた人たちばかりだから、庭にいれば近所の人が声をかけてくるし、回覧板の受け渡しだけで立ち話をする環境だったのです。当時はそれが少し煩わしいとすら思っていました」と恵子さん。

 

しかし、東京に移住してきて驚いたのは、地方とは正反対の、徹底的に隔離された空間でした。最新のセキュリティに守られたタワーマンションは、一歩中に入れば静寂に包まれています。しかしその構造が、移住直後の夫婦の前に大きな壁となって立ちはだかりました。

 

「エレベーターや内廊下で住民の方とすれ違う際、挨拶をしても会釈を返されるだけでした。地方のように声をかける雰囲気は微塵もありませんでした」

 

現役で忙しく働く世代や、プライバシーを重視する住民にとって、地方から来た夫婦の距離感は受け入れられにくいものでした。

 

マンションには共有スペースもあり、そこで住民同士のコミュニケーションがあるかと思えば皆無。

 

「人はいるのですが、みんなイヤホンして、思い思いのことをされている。話してはいけないような雰囲気で、入居以来、様子を見に行った程度です」