(※写真はイメージです/PIXTA)
45歳になってもお小遣い
首都圏の中小企業で働くワタルさん(仮名/45歳)には、地方の実家で一人暮らしを送り、母親のユウコさん(仮名/69歳)がいます。ユウコさんは、ワタルさんが幼いころに夫を亡くし、それ以来、小さな町工場で働きながら、女手一つでワタルさんを育て上げてくれました。
現在のワタルさんにとって、実家への帰省は年に数回の穏やかな時間です。しかし、母を残して帰る間際、玄関先でいつも繰り返される「ある光景」に、ワタルさんはずっと複雑な胸中を抱えていました。
母の年金「月10万円」
ユウコさんが現在毎月受け取っている年金は、わずか10万円ほどです。夫を亡くした当時、ユウコさんはワタルさんを育てるため、すぐに働きに出なければなりませんでした。地元の小さな町工場で、長く非正規雇用で働き続けたのです。低収入の家計を経済的に支えてくれたのは、国から支給される「遺族年金」でした。ワタルさんが成長し、18歳を迎えて高校を卒業するときに遺族基礎年金の支給は終了しました。
そのため、自身の老齢厚生年金はほんのわずか。満額に近い老齢基礎年金(国民年金)と合わせても、月10万円という厳しい金額。ここから日常生活費を払えば、手元にはほとんど残りません。
それなのに、東京へ戻る間際、玄関先でユウコさんは決まってワタルさんの手を握るのです。
「いいから、新幹線の中でジュースでも買いなさい」「ワタル、これ。美味しいもの食べなさいよ。本当に、ただの小銭だから……」
そういってユウコさんがワタルさんの手のひらにぎゅっと握らせてくるのは、ポチ袋。ワタルが新幹線の中でそっと開くと、中から出てくるのは、いつも決まって、ピンと角の立った「1万円札」でした。
「母さん、俺はもう45歳だよ。毎月ちゃんと給料をもらっているから、お金は必要ないって」
ワタルさんはそのたびに断ろうとしました。月収32万円の自分にとって、1万円はありがたいものの、生活を左右する額ではありません。しかし、月10万円の年金だけで爪に火をともすように暮らしているユウコさんにとって、1万円は「1ヵ月の生活費の1割」に相当する、あまりにも重い大金です。1万円を「小銭だから」と言い張る母の言葉が、ワタルさんには切なくて仕方がありませんでした。
それでもユウコさんは、「いいから、親の気持ちを受け取っておくれ」と頑なに引かず、ワタルさんが改札を抜けるまで、小さくなった体で手を振り続けるのでした。