内閣府の「高齢社会白書」によると、男性が健康上の問題なく日常生活を送れる「健康寿命」は72.57年となっています。年金の受給開始を遅らせて増額を狙う「繰下げ受給」が話題となるなか、まさにこの“健康寿命の壁”に直面し、「65歳から普通にもらって正解だった」と振り返るマサオさん(仮名・73歳)。月6万円の年金増額を捨ててでも早めの受給を選び、その選択に安堵している理由とは。
繰下げしないでよかった…〈年金月14万円・1,500万円〉73歳男性、繰下げ受給で“6万円増額”を捨てても「65歳から年金もらって正解だった」と安堵するワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

「元気なうちに楽しんでおいてよかった」65歳での年金受給に後悔していない理由

マサオさんが自身の決断にまったく後悔していない最大の理由は、70歳を過ぎてから感じるようになった「体力の衰え」でした。

 

「65歳のころは内心『自分はまだ若い』と思っていましたが、73歳の今では足腰が弱って、長時間の移動や階段の上り下りがきつくなりました。この歳になって、65歳と73歳では体力がまったく違うと痛感しています」

 

もし自分も70歳まで年金受給を遅らせて、生活費を稼ぐために働き続けていたら、ここまで自由にあちこちを飛び回ることは絶対にできなかったとマサオさんは断言します。

 

さらに、マサオさんの「元気なうちに楽しんでおいてよかった」という思いを、より一層強くさせた出来事がありました。

 

70歳まで年金を繰り下げ、老後は夫婦で世界一周に行くと意気込みアルバイトで食いつないでいた同い年の友人が、68歳で急死してしまったのです。

 

「あんなに老後を楽しみにしていたのに、もらえるはずの年金を受け取ることなく旅立ってしまいました。この一件から、人生について考えるきっかけになりました」

 

親友の死を機に、「長生きできる確証なんてどこにもない」ということを痛感したマサオさん。65歳からの期間で全国を旅した思い出があるため、この先は近場を散歩するような質素な生活になっても悔いはないと安堵しています。「65歳から年金をもらう」という選択は、マサオさんの人生において紛れもない正解だったのです。

年金増額を待つ間に失われる「健康寿命」

マサオさんが感じた「1,500万円あっても、無収入で貯金を取り崩すのは怖い」という感覚や、「73歳になって急に体力が落ちた」という実感は、決して個人の思い過ごしではなく、データからも裏づけられています。

 

まず資金面の不安について、内閣府の「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」によると、マサオさんと同じ「金融資産1,000〜2,000万円未満」の層であっても、今後の生活への備えとして「足りない(少し足りない+かなり足りない)」と感じている人は62.4%に上ります。さらに同層の60.2%が、生活費のために預貯金を「取り崩している(よくある+時々ある)」と回答していることがわかっています。

 

つまり、1,500万円程度の資産があっても、無収入状態で貯金だけが減っていくプレッシャーは想像以上に大きく、無理をして待機期間を過ごすよりも、65歳から受給して安心を得たマサオさんの選択は自然なことだったのです。

 

また、マサオさんが実感した「65歳と73歳の体力の違い」は、平均的な寿命データからも読み取れます。内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によると、「健康上の問題で日常生活に制限のない期間(健康寿命)」は、令和4年時点で男性が72.57年となっています。つまり、仮にマサオさんが70歳まで年金を繰り下げて働き続けていた場合、「元気にお金を使える自由な時間」は統計上、わずか2〜3年しか残されていなかった計算になります。

 

実際に、厚生労働省のデータでも、令和6年度末時点で70歳の老齢厚生年金受給権者のうち、年金の繰下げ受給を選択している人はわずか4.2%にとどまっています。多くの人が、健康寿命の壁や資金枯渇の恐怖から、数字上の「年金増額」よりも「今確実に使えるお金」を選んでいることが推測できます。

 

年金制度においては損得勘定ばかりに目が行きがちですが、「健康でお金を使える期間」は想像以上に短いものです。お金以上に大切な「人生のタイミング」を逃さなかったマサオさんの決断は、豊かな老後を送るための一つの正解であるといえるのではないでしょうか。

 

[参考資料]

内閣府「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」

内閣府「令和7年版高齢社会白書」

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況(令和6年)」