年金の受給開始を遅らせて受取額を増やす「繰下げ受給」。総務省の「家計調査報告(令和7年)」では、二人以上世帯の消費支出は月額29~31万円台とされ、月30万円以上の年金があれば安定した老後生活が送れる計算になります。しかし、繰下げ受給によって月30万円以上の年金生活を手に入れたイチロウさん(仮名・71歳)は、「こんなはずではなかった」と後悔しています。老後資産は十分に備えたはずが、見落としていた“お金以外”に重要なコトとは。
こんなはずでは…繰下げ受給で「年金月30万円」に増額した71歳夫の後悔。念願の「世界一周クルーズ」断念に至った〈妻の本音〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

「こんなはずでは…」念願のクルーズ旅行を断念したワケ

そして無事に70歳で退職。念願の月30万円の年金生活がスタートしました。71歳になり、「いよいよ夢を叶えるときが来た」と、キヨミさんにクルーズの具体的な相談を持ちかけたイチロウさん。

 

しかし、キヨミさんの反応は予想外のものでした。

 

「ごめんなさい、数ヵ月も船の上で生活するなんて、とてもじゃないけど今の私には耐えられそうにない。寄港地で長い時間歩き回るのも不安だし……」

 

すっかり自信をなくしているキヨミさんの姿に、イチロウさんは言葉を失いました。思い返せば、キヨミさんはここ数年で疲れを感じやすくなり、近所のスーパーへの買い出しすら億劫になる日が増えていたのです。また、イチロウさん自身も例外ではなく、70歳まで無理して働き続けた代償か、慢性的な腰痛や膝の痛みに悩まされていました。

 

長期間の船旅や、見知らぬ異国での観光を楽しむためには、当然ながら体力と気力が求められます。二人で冷静に話し合った結果、「今の自分たちには荷が重すぎる」と判断せざるを得ず、長年の夢だったクルーズ旅行は白紙となってしまいました。

 

「こんなはずでは……。65歳でスパッと仕事を辞めて、お互い元気なうちに旅行しておけばよかったです。年金が増えたからって、遊びに行く気力も体力もない生活なんて……」

 

繰下げ受給を選択したことによって毎月30万円以上の年金が手に入ります。しかし、いくらお金に余裕があっても、一番叶えたかった夢に使えないのでは意味がないと、イチロウさんは後悔の念に駆られています。

データが示す「レジャー意欲の低下」と、見落とされがちな「健康」という資産

イチロウさんとキヨミさんは、月36万円という盤石な年金収入を確保しました。総務省の「家計調査報告(令和7年)」によると、近年の二人以上世帯の消費支出は月額29万~31万円台で推移しており、月36万円の年金と3,000万円の貯蓄があれば、平均的な支出を上回るため、計算上は老後資金が確保できていると読み取れるでしょう。

 

しかし、「お金」ではなく「健康」のタイムリミットを考慮できていませんでした。内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によると、日本人の健康寿命(健康上の問題で日常生活に制限のない期間)は、男性が72.57年、女性が75.45年となっています。数ヵ月にわたって船に乗るというクルーズ旅行の過酷さを考えれば、71歳からの決行が体力的に厳しいことが推測されます。

 

さらに、内閣府の「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」によると、高齢者が今後優先的にお金を使いたいものとして「趣味やレジャー(旅行等)」を挙げる割合は、年齢が高くなるほど低下する傾向にあると指摘されています。キヨミさんの旅行に対する意欲低下は、単なる一時的な疲れではなく、加齢に伴う自然な変化の表れでもあるといえそうです。

 

「年金の受給額を増やす」という損得勘定ばかりに気を取られ、「健康な時間」という資産を見落としてしまうと、老後プランは根底から崩れかねません。マネープランを立てる際は、資産額だけでなく「健康寿命という数字」から逆算して、「いつまで楽しむか」を組み込むことが不可欠であることを示唆しているでしょう。

 

[参考資料]

内閣府「令和7年版高齢社会白書」

内閣府「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」

総務省「家計調査報告(令和7年)」

 

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