(※写真はイメージです/PIXTA)
吐き捨てられた屈辱の価値
「おっさん、マジで使えねーな」
物流倉庫のピッキングエリア。コンベアの脇で動きを止めてしまったサカイさんの背中に、ぼそっと、けれど確実に突き刺さるような声が投げられました。声の主は、現場のリーダーを務める20代半ばの青年です。サカイさんの三女よりも年下の若者が、目も合わせずに吐き捨てた一言でした。
サカイさんは反射的に「すみません」と頭を下げ、横に退きました。かつて都内の大手専門商社で部長を務め、年収1,200万円を誇っていたプライドは、ここでは1,023円の時給のなかに溶けて消えるしかありません。
3人の娘たちの教育費に消えた老後資金
サカイさんの家計が自転車操業に陥った背景には、3人の娘たちへの深い愛情がありました。「子どもの可能性を潰したくない」という一心で、三姉妹全員を私立の中高一貫校へ通わせ、習い事や塾、留学費用も惜しみなく出してきました。結果、年収1,200万円という高所得者でありながら、貯蓄は思うように増えませんでした。
「教育費がかなりかかったんです。でも、定年後も会社に残り、いいポストで働き続ければ、老後資金はあとからでも回収できるという自信がありました」
その計画は、定年直前の59歳のときに崩れ去ります。再雇用後の役員ポストを賭けた最後の大規模プロジェクトで、不測の事態による巨額損失が発生。サカイさんはその責任を取る形で、再雇用の道を自ら断ち、早期退職を余儀なくされました。
「時給1,023円」の現場でみつけた、残酷なまでの現実
このままでは老後資金が足りないと、都心のマンションを売却し、妻を連れて田舎へ戻ったサカイさん。そこでの再就職活動は、想像以上に厳しいものでした。60歳を超えた男性を受け入れる求人は、最低賃金に近い現場仕事以外にありませんでした。
現在、サカイさんが手にする給料は時給1,023円。かつて東京で部下とランチを囲んでいた1時間分の金額が、いまは1時間の肉体労働の対価です。
「かつては指示を出す側でしたが、いまは自分の体が思うように動かないもどかしさがある。若者に『使えねー』といわれるのは、単なる悪口ではなく、現場のスピードについていけていないので、事実なんです」
妻は慣れない土地での暮らしに戸惑いながらも、文句一ついわず支えてくれています。そんな妻に、家で一日中所在なげに過ごす姿はみせられません。
「たとえ罵倒されても、朝、作業着に着替えて家を出る。それだけが、私を辛うじて社会の一員として、そして『夫』として繋ぎ止めてくれる。ここは、私の自尊心を削る場所であると同時に、いま、私が必要とされている唯一の場所でもあるんです」