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家族の認識とは180度違う、本当の父の姿
都内在住の会社員、佐藤直樹さん(54歳・仮名)。父・康夫さん(享年81・仮名)の葬儀のあと、実家の片付けを行っていました。
康夫さんは大手メーカーで部長にまでなった人物です。妻(直樹さんの母)を早くに亡くしていたため、就職を機に実家を出ることになった直樹さんは、父の独り身をひどく心配したといいます。それに対し康夫さんは、「退職金は4,000万円ほどもらえるだろうし、年金も20万円くらいにはなる。老後、お前には心配はかけない」と語っていました。
ところが、書斎の引き出しの奥から見つかった数冊の通帳は、直樹さんが想像していた「安泰な老後」とはかけ離れたものでした。
「葬儀の費用を支払うために、父のメイン口座を確認したのですが、残高が15万円しかありませんでした。4,000万円と言っていた退職金も、どこにも見当たらないのです。記帳を確認すると、2ヵ月に一度振り込まれる約36万円の年金のうち、10万円が振り込みの翌日に必ず特定の個人名義の口座へ送金されていました。しかも、その送金は15年以上前から一度も途切れることなく続いていたのです」
直樹さんがさらに遺品を整理すると、古い賃貸借契約書と、個人間で交わされた「債務弁済契約書」の控えが見つかりました。康夫さんは定年を目前にした57歳の時、長年の友人からの誘いを受け、共同経営という形で都内に飲食店を開店させていたのです。
直樹さんが結婚し、自身の家庭を築くのに必死だった時期、その店は無理な拡大と不況が重なり、わずか3年で廃業に追い込まれていました。
「父は家族には『定年まで勤め上げた』と嘘をついていました。実際には定年を待たず、割増退職金を受け取って早期退職し、そのすべてを飲食店の開業・運営と、後に残った負債の返済に投じていたようです。それでも完済には至らず、残った借金を、その後15年以上にわたって年金から少しずつ返し続けていた。生活費を切り詰めて体面を保っていたのだと思います」
佐藤さんは、父が亡くなる直前まで着古したスーツを大切に手入れし、孫へのお年玉を渡す際にも「元気に働いてきたから、これくらいは当然だ」と笑っていた姿を思い出しました。
「結局、親父は最後まで『大手企業の部長だった自分』を捨てられなかったんでしょうね。僕ら家族に心配をかけたくないというより、かっこ悪い姿を見せたくなかったんだと思います。でも、あの通帳の10万円という数字は、親父が一人で抱えてきた後悔そのものです。生前に一度でも話してくれていたら、法的にもやりようはあったはずなのに。親のプライドを優先して、踏み込んだ話をしてこなかった自分を情けなく感じます」
