(※画像はイメージです/PIXTA)

「うちの社長はワンマンで……」。社員が漏らすこの言葉には、諦めや疲労がにじみます。しかし当の経営者に「ワンマンですか」と問えば、多くは「責任を果たしているだけだ」「社員が動かないから自分がやるしかない」と答えるでしょう。“独裁的”という印象の強いワンマン経営は、実は経営者の善意や責任感の積み重ねから無意識に生まれることが少なくありません。そこで本稿は、社労士の視点から、その行動が組織を蝕む体制へ変わる構造と改善点を解説します。※本記事は大同生命が運営する『どうだい?』からの転載記事です。

「ワンマン経営」は「社長」だけのせいではない

多くのワンマン経営者は、自らを「孤軍奮闘するリーダー」だと認識しています。

 

「自分が決めなければ、会社が止まってしまう」

「社員を路頭に迷わせないために、自分が泥をかぶらなければならない」

「スピードこそが、中小企業の唯一の武器だ」

 

これらはすべて正論です。しかし、この「正論に基づく責任感」こそが、周囲との認識ギャップを生む最大の要因です。社長が「責任」だと思って次々と決断を下す行為は、社員の目には「他者の意見を封じる独断」と映り、組織に沈黙をもたらします。

 

ワンマン経営は、社長個人の性格が激しいから起こるわけではありません。むしろ、「意思決定のリソースが1人に集中しすぎている状態」が、ワンマン経営の主因です。情報や権限、責任が1点に集約されることで、構造的にワンマンにならざるを得ない状況が生まれてしまうのです。

 

ワンマン経営の“芽”は黎明期に宿る

企業の立ち上げ期において、社長の判断力はまさに生命線です。「社長が決断で危機を乗り越えられた」「社長の勘が当たって売上が倍増した」……こうした強烈な成功体験は、社長自身に「自分の判断が最も正しく、効率的である」という強いバイアスを植え付けます。

 

加えて、中小企業では、社長が最も優秀なプレイヤーであることも珍しくありません。部下に任せるより、自分でやったほうが10倍早く、質も高い。この「短期的合理性」を優先し続けた結果、組織は「社長という高性能エンジン」に依存する構造を固定化させてしまいます。

 

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ワンマン化を加速させる原因は「人」ではなく「制度」にある

「任せたいのは山々だが、任せられる人材がいない」。これは多くの経営者が抱える共通の悩みですが、労務管理の視点で見れば、この問題の本質は「人」ではなく「制度」にあります。

 

多くの組織では、「なにを、どこまで任せるか」という職務権限(権限規程)が曖昧です。

 

・少額の経費精算をどこまで現場の裁量に任せてよいのか

・トラブル対応の一次判断は現場に任せていいのか

 

こうした細々としたルールが存在しないため、社員は「怒られるリスク」を避けるために判断を仰ぎ、結果として社長のデスクにすべての「決裁書類」が山積みになります。

 

従業員規模が30名、50名、100名と拡大するにつれ、経営者の悩みは「営業・受注」から「組織管理・人材育成」へとシフトします。しかし、実際には「30名の壁」を越えられず、社長1人の目が行き届く範囲で成長が止まってしまう企業も少なくありません。

 

「善意」がワンマン化を加速させることも

また、「社員に苦労をかけたくない」という優しさが、結果的にワンマン化を加速させることもあります。たとえば、クレーム対応です。社長が「自分が謝りに行けばすぐ済む」と現場を飛び越えて対応してしまうと、担当者は「自分で解決する力」を磨く機会を失います。

 

さらに、昨今のコンプライアンス意識の高まりも、皮肉なことにワンマン化を助長しています。「未払い残業代が発生したら大変だ」「ハラスメントが起きたら会社が潰れる」といった法的リスクへの恐怖から、社長がすべての労務管理を掌握しようとし、現場の管理職を「ただの監視役」にしてしまうのです。

気づけば周囲が「イエスマン」ばかりに…“頼られ過ぎ”はワンマン化のサイン

こうしたワンマン体制のもとでは、幹部の役割が「社長の意図を汲み取ること」に特化していきます。自ら考え、リスクを取って提案する経験を積めないため、いざというときに頼りにならない“イエスマン”ばかりが残ってしまいます。

 

「どうせ最後は社長が決めるんでしょ」という空気が蔓延すれば、現場は思考を停止します。“指示待ち人間”が増えるのは個人の資質ではなく、「社長が決めすぎる」という組織環境への適応の結果です。

 

朝から晩まで鳴り止ない電話、絶え間ない相談……社長は「自分がいなければ会社は回らない」と充実感すら覚えるかもしれませんが、労務管理の観点では、これは「経営者の過重労働」であり、「組織の機能不全」のサインです。

 

本来、社長の仕事は「未来を描くこと」です。ところが、消耗品の購入から休暇の承認まで、日常の些細な決断に追われれば追われるほど、中長期的な戦略を練るための自由な時間は奪われていきます。

 

どれだけ優秀でも、1人で管理できるのは「5~8人」まで

そもそも、人が直接管理できる人数には限界があります。一般的に「スパン・オブ・コントロール」は5〜8名といわれ、企業が軌道に乗って従業員が50名を超えても、社長がそのすべてを見ようとすれば、必ずどこかに綻びが生じます。サービス品質の低下や労務トラブルの放置などがその典型です。

 

そして最大の弱点は、「事業承継・継続(BCP)」のリスクです。もしいま、社長が事故や病気で1ヵ月不在になったら企業はどうなるでしょう。社長1人に依存した組織は、その1人が欠けた瞬間に、給与の支払いすら滞るリスクを孕んでいます。

 

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「やらなくていいこと」を可視化し、ワンマンから「任せる経営」へ

とはいえ、「丸投げ」と「任せる」はまったく別物です。重要なのは、「社長ならどう判断するか」という思考プロセス(経営理念や判断基準)を可視化することです。

 

「うちは『顧客への誠実さ』を最優先する。そのためなら、目先の10万円の損は許容する」……このように具体的な基準が共有されていれば、社員は自信を持って迷わず判断できるようになります。

 

まずは、「社長が決めなくていい領域」を明確に定義することから始めましょう。

 

・10万円以下の経理決裁は課長が行う

・標準的な有給休暇の承認はチームリーダーが行う

・既存顧客の定型見積もりは担当者が行う

 

これらを「職務権限規程」として文書化し、あえて社長は口を出さない。最初はもどかしいかもしれませんが、その“沈黙”こそが、社員が育つためののびしろとなるのです。

結びに…未来へつなぐための「手放す勇気」

ワンマン経営は、完全なる悪ではありません。たしかに、創業期の爆発的な推進力には、強力なリーダーシップが不可欠です。しかし、企業の成長フェーズが変われば、求められるリーダーシップの形も変化します。

 

これからの時代、労働力人口の減少により、人材の確保はますます困難になります。選ばれる会社になるためには、社員1人ひとりが自律的に動き、働きがいを感じられる組織構造が不可欠です。

 

「自分がいないとダメな組織」から、「自分がいなくても回り続ける組織」に変化することは、決して社長の責任放棄ではなく、むしろ社長としての究極の責任の果たし方といっても過言ではありません。

 

あなたの会社が、社長1人の限界を超えて、長年続く組織へと進化するために。いまこそ、握りしめていたハンドルを少しずつ、次世代へと委ねる準備を始めてみてはいかがでしょうか。

 

 

山本 達矢

社会保険労務士法人WILL

代表社労士

特定社会保険労務士

 

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※本記事は大同生命が運営する『どうだい?』からの転載記事です。