内閣府の「令和6年版 高齢社会白書」では、高齢男性の「社会的孤立」が深刻な課題として浮き彫りになっています。近所付き合いや地域活動に参加しない男性の割合は女性より高く、退職と同時に「所属」を失う喪失感は想像を絶します。こうした孤独から逃れるための「人生リセット」としての地方移住。しかし、一方の妻も同じ気持ちとは限らず……。60代のTさん夫婦の事例から、夢の地方移住の現実的なリスクに迫ります。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「田舎に住みたいと言ったじゃないか…」胸を高鳴らせて5年準備した地方移住・引っ越しの日、大手メーカーを定年退職した65歳夫は激怒。大自然のなかでスローライフを望んだ60歳妻が「ドタキャン」したワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

旅先での「聞き流せない一言」

<事例>

夫Tさん 65歳 大手メーカーを定年退職

妻Aさん 60歳 専業主婦

子供は娘が2人

 

東京都内に住むTさんが妻のAさんと「老後は地方でのんびり暮らそう」という話を初めてしたのは、夫が60歳を迎える直前でした。

 

旅行で訪れた小さな農村に魅せられたのがきっかけです。その日は突き抜けるような青空でした。黄金色に輝く美しい棚田。遠くにそびえ立つ山と、裾野まで緩やかに広がるその稜線に2人で見惚れました。

 

街の喧騒とはまるで別世界のようなのんびりした時間のなかで、妻Aさんがふと言いました。

 

「こんなのんびりしたところで暮らせたら幸せだろうね」

 

夫Tさんはその言葉に少し驚きながらも、それはいいアイデアだと共感したのです。「定年退職をしたらこんな感じの田舎に移住しよう」と。

夫の「本当の動機」

夫Tさんはそのころ、自分の人生に対して思いを巡らすことが増えていた時期でした。

 

大学を卒業してから大手メーカーで約40年、会社員生活を順調に過ごしてきたTさん。就職した当時は、1980年代の初めです。バブル経済へと向かっていく当時の日本は、いまでは考えられないほどの熱気にあふれていました。多くの会社員は始発電車で出勤し、終電で帰ってくるという生活をしていたのです。

 

夫Tさんにとって、それが大変だったかというと決してそうではなく、むしろ「黄金時代」としての記憶が勝っています。会社のなかでは同志ともいえる仲間が増え、同僚や上司と夜は居酒屋で飲みながら仕事について激論を交わし、取引先との接待とはいえ日曜日のゴルフも楽しかった。普段も特に差し迫った仕事はないのにいつまでも残業していたものです。同僚と無駄話をしながらの深夜の残業もまた、充実した時間でした。

 

しかし、次第に日本社会は窮屈なものに変わっていきました。パソコンのログインによって労働時間が管理されるようになり、部下を食事に誘うこともパワハラと言われかねません。部署の忘年会のときに、部下の男性が「会費を払って上司たちの武勇伝を聞く飲み会は罰ゲームでしかないです」と発言したと人づてに聞いたことで、Tさんは一気に委縮するようになりました。「もうなにもいわない、なにもしないのが一番だ」。そんな風に考えるように。

 

追い打ちをかけたのは60歳になるころに始まったコロナ禍です。Tさんもフルリモート勤務となり、ただでさえ少なくなっていたコミュニケーションの場はチャットへと変わりました。仕事の潤滑油だったはずの同僚との無駄話はゼロです。

 

「もしこのまま5年後に定年退職をしたら、俺は友達すらいない毎日が待っているのではないか……」そう気づくきっかけでした。

 

そんななか、Tさんはふと旅先でみた山の輪郭を思い浮かべることがありました。あの山がみえる場所で朝を迎えたら、どれほど違う一日になるだろう。大自然を背に自宅で家庭菜園でもしたら、どれほど清々しいだろう……。そんなTさんにとって、地方移住は息苦しくなった会社員生活からのリセットだったのです。

 

「東京はもういい、地方に移住してゼロから人間関係を作り、のびのびと人生を生きたい」そんな気持ちが芽生えました。妻Aさんが「ここで暮らせたら幸せだろうね」といったとき、Tさんは救われたような気持ちになりました。「なんだ、妻も同じ気持ちだったんだ」と。

 

「妻を連れて新しい土地でやり直したい」と、心に決めました。