(※写真はイメージです/PIXTA)
「教え、導く側」という自負が招いた、生涯最大の後悔
東京都郊外の住宅街に住む佐藤健一さん(75歳・仮名)は、公立中学校の社会科教師として40年間勤務しました。退職後も地域のボランティア活動に励み、近隣住民からは現在も「先生」と呼ばれています。佐藤さんは自身の性格を「物事を筋道立てて考えるタイプだ」と自負していました。
事件が発生したのは、ある昼下がり。佐藤さんのスマートフォンに、見慣れない番号から着信がありました。相手は落ち着いた口調で、警視庁捜査二課の刑事だと名乗ります。
「あなたの携帯電話が不正に契約され、大規模な投資詐欺の連絡手段に使われています。このままだと、あなた自身も共犯者として逮捕される可能性があります」
突然の「逮捕」という言葉に、佐藤さんは耳を疑いました。しかし、すぐに持ち前の冷静さを取り戻し、相手を問い詰めたといいます。
「最初は嘘だろうと思いましたよ。私は教壇で社会の仕組みを教えてきた人間ですから。だから相手にも、『証拠はあるのか』『いきなり電話で済む話じゃないだろう』と、かなり厳しく言ったんです。変な妥協はしたくないという思いもありました」
佐藤さんの詰問に対し、男は慌てる様子もなく、「今からビデオ通話で、正式な書類と私の身分証を提示します。確認してください」と告げました。指示されるままビデオ通話に切り替えると、画面越しに警察手帳と、佐藤さんの名前が記された「逮捕状」のような書類が示されました。
「書類の形式がそれらしくて、つい見入ってしまいました。すると相手が、私の反応を見てこう言ったんです。『佐藤さんは、こうした書類の細部までよく見ていらっしゃる。やはり教育の現場にいた方は、確認の仕方が論理的で助かります』と。その一言で、すっと肩の力が抜けてしまったんですね」
男はさらに、「あなたの潔白を証明し、資産を保護するために、指定する『国庫の調査用口座』に一時的に現金を移す必要がある。調査が終われば即座に戻す」と説明しました。佐藤さんは、「さすが先生だ、話が早くて警察としても心強い」という男の言葉に誘導されるまま、銀行へ向かいました。
「相手が私の知識や理解力を認めて、捜査の協力者として扱ってくれたことで、なんだか誇らしい気持ちになってしまったんですね。自分が『正しい手続きをしている』という感覚が強くなって、冷静に考えればおかしい『現金の振り込み』を、捜査の一環として受け入れてしまったんです」
佐藤さんは、100万円を指示された口座へ振り込みました。しかし、その後、男との連絡は一切取れなくなりました。
「ふと我に返ったとき、血の気が引きました。なぜあんな偽物の書類を信じたのか。情けなくて、家族にもずっと言えませんでした」
