「住み慣れた家で、最期まで自分の手で支えたい」――。そんな一途な思いで在宅介護を選択する家族は少なくありません。しかし、献身的に尽くし、無事に看取りを終えたあとに、言いようのない後悔を抱くケースも珍しくありません。ある男性の体験から、在宅介護の見落としがちな課題について考えていきます。
“家で看取る”は本当に幸せだったのか…「10年介護した78歳夫」が、妻の遺影の前で崩れ落ちた理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

介護する側・される側、それぞれの願い

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、同居する主な介護者のうち、65歳以上のいわゆる「老老介護」の割合は63.5%に達しています。高齢化が加速するなか、その割合はより一層増えていくと考えられます。

 

そのような状況下で、介護される側は「家族に負担をかけること」に対して大きな不安を抱いています。内閣府『高齢者の健康に関する調査』によると、「将来、排せつ等の介護が必要な状態になると考えた時の不安点」として最も多かったのが、「家族に肉体的、精神的負担をかけること」で65.6%でした。「身体の自由がきかなくなること」(53.6%)や「介護に要する経済的負担が大きいこと」(40.0%)よりも、家族への申し訳なさが勝っているのです。

 

また「将来、排せつ等の介護が必要な状態になった時、誰に介護を頼みたいか」という問いに対しては、「配偶者」(30.6%)や「子」(12.9%)よりも、「ヘルパーなど介護サービスの人」(46.8%)が大きく上回っています。要介護になった際に「家族には負担をかけたくない」と願う人が多いなか、どうしても家族に対して「申し訳ない」という思いを強くしてしまうケースもあるでしょう。

 

一方で、介護する側は「自分がやらねば」という義務感から、外部サービスを拒んで孤立を深めるケースも目立ちます。三木さんが抱く後悔は、そんな心理の延長線上にあるのかもしれません。

 

介護において考えるべきは、「献身的な抱え込み」が、必ずしも相手が望む幸せと一致するわけではないという点です。データが示す通り、介護される側は「家族への負担」を何より恐れています。無理をして一人で抱えることは、時に相手へ「申し訳なさ」という負債を背負わせてしまうことがあります。

 

プロの力を借りて負担を分散させることは、決して愛情の欠如ではありません。むしろ、最後まで「家族」という関係性を守り続けるための、賢明な選択といえるのではないでしょうか。

 

 

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