(※写真はイメージです/PIXTA)
10年の介護を経て、78歳の夫が直面した後悔の念
都内の分譲マンションで一人暮らしをしている三木良夫さん(78歳・仮名)。10年に及ぶ介護生活の末、6年前、当時72歳のときに妻の澄子さん(享年76・仮名)を自宅で看取りました。澄子さんは老衰に近い形で、穏やかに息を引き取ったといいます。
しかし、当時の良夫さんの表情に安堵の色はありませんでした。澄子さんに認知症の兆候が見え始めたのは、彼女が65歳を過ぎたあたりです。料理の手順を忘れる、同じ買い物を繰り返すといった異変に対し、良夫さんは「自分が責任を持って面倒を見る」と決意しました。当時、良夫さんは完全リタイアしており、月18万円ほどの年金を受け取っていました。時間も精神的な余裕も十分にあるはずでした。
「知人からは施設への入所も勧められましたが、その選択肢は最初からなかったです。住み慣れた自宅で、私が最後まで世話をすることが妻にとっても幸せだと思っていましたし、夫としての誠実さだとも考えていました」
介護が始まって5年が経過すると、澄子さんの症状は進行し、自力での食事や排泄が困難になりました。良夫さんは、介護保険サービスの利用をデイサービス週2回、訪問入浴週1回に限定しました。それ以外の時間は、24時間態勢で良夫さんが一人で介護を担ったのです。
「夜中の2時、3時に妻が起き出して家中を歩き回るようになっても、私は隣で寝ずに見守りました。転倒して骨折でもしたら大変だという一心でした。日中も、妻が何かに手を伸ばそうとすれば、先回りして『危ない』と声をかけ、座らせる。清潔を保つために、一日に何度も着替えをさせました」
ところが、良夫さんの懸命な働きかけとは裏腹に、澄子さんの反応は乏しくなる一方でした。たまに視線が合っても、そこには何の感情も読み取れず、ただ虚空を見つめるような「ぽかん」とした表情が続きました。
「当時はとにかく一生懸命で、目の前の作業をこなすことに必死でした。今振り返ると、彼女を“妻”として接していなかったのだと思います」
看取りを終えたあと、良夫さんはケアマネジャーから「よく頑張りましたね」と声をかけられました。しかし、その言葉を聞いた瞬間、良夫さんは激しい後悔に襲われたといいます。
「最期の数日間、彼女はほとんど目を閉じたままでした。時折、薄く目を開けても私への反応はなく、ただ空っぽの眼差しがあるだけでした。私は妻の傍らで手を握り続けましたが、ふと思ったんです。彼女はこの10年、本当に幸せだったのだろうかと。私は“生かすこと”に必死で、妻の心を穏やかに満たすような介護は、一度もできていなかったのではないかと」
そんな後悔の念から、良夫さんは澄子さんの前で崩れ落ちてしまったとか。今も仏壇に手を合わせながら「不甲斐なくて申し訳なかった」と頭を下げることが日課になっています。
