(※写真はイメージです/PIXTA)
夫の死が生んだ「孤独」という名の共依存
西日が差し込む静かなリビングで、佳子さん(仮名/75歳)は少しだけ表情を緩め、こう切り出しました。
「1週間前に、ようやくすべてのカタがつきました……」
玄関に並んでいたはずの大きな靴はなく、そこには佳子さん一人のサンダルが置かれているのみ。午後のお茶の時間、自分自身のためだけに淹れたコーヒーの香りが、かつての喧騒を忘れさせるように部屋を満たしていました。
共依存という名の、底なしの地獄
崇さん(仮名/48歳)は、高校までは優しく友達思いの青年でしたが、大学受験に失敗してからというもの、引きこもりがちになっていきました。「大学は出ろ」という頑固な父に逆らえずなんとか滑り止めの大学に進んだものの、ほとんど授業には出ず、いつの間にか退学。その後は日雇いや派遣を転々としていましたが、決定的な出来事が起きたのは、いまから15年前、崇さんが33歳のときのこと。父がガンで突然この世を去ったのです。
自分の価値観のすべてを決めていた「父」という存在を失った崇さんは、ぽっきりと働くことを辞め、風呂にも入らなくなりました。
佳子さんもまた、突然の別れに深い空虚感を抱えていた一人です。広すぎる家で独りきりになる寂しさを、崇さんの存在が埋めてくれました。働かずに家にいる息子は、世間からみれば「問題」であっても、佳子さんにとっては「一緒に食事をし、テレビを見て会話を交わすパートナー」でもあったのです。
月12万円という限られた遺族年金での暮らしは、決して楽なものではありません。それでも佳子さんが自立を促せなかったのは、息子がいなくなることで、自分自身の存在理由や居場所までもが消えてしまうのを恐れたからにほかなりません。二人は互いの孤独を餌に、緩やかな破滅へと向かっていきました。
廊下での転倒と、突きつけられた「3,000円」の現実
バランスが崩れたのは、半年前の午後のことでした。
買い出しの準備をしていた佳子さんは、廊下で激しいめまいに襲われ、そのまま倒れ込んでしまいました。その音に驚いて駆け寄った崇さんは、見たこともない母親の青白い顔に動揺し、震える手で救急車を呼びました。
搬送先の病院で佳子さんに下された診断は、慢性的な栄養失調による低血糖。入院を余儀なくされた佳子さんの不在により、残された崇さんは初めて「一人で生きる」という恐怖に直面します。
台所に、母がいない。崇さんの財布にはお金が入っていません。不安に駆られた崇さんが手当たりしだいに母の引き出しをあさると、母の通帳が出てきました。そこに刻まれていた残高は、わずか3,000円。2ヵ月に一度振り込まれる24万円の年金は、入金されるたびに生活費や自分の食費、嗜好品代に消え、常に底を突く寸前だったのです。崇さんは、自分たちの生活が「母の命を削って成立していた」という事実を、数字を通して突きつけられました。
