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「相続した実家」という落とし穴。1反の重みに膝から崩れ落ちた日
都内の大手メーカーを60歳で定年退職した、佐藤健一さん(62歳・仮名)。退職金1,800万円、貯金2,800万円という十分な蓄えがあった彼が選んだのは、北関東にある実家への移住でした。
「相続したけれど空き家になっていた。そのままだともったいないし、固定資産税もかかりますから。幸い、実家のすぐ横には『家庭菜園にちょうどいい』と思っていた庭先のような農地もありました。定年後はここで静かに野菜でも作って暮らそうと、妻と話し合って決めたんです」
しかし、移住してすぐに佐藤さんは「家庭菜園」という言葉の認識を改めることになります。その土地の広さは優に「1反(約991平方メートル)」を超えたもの。テニスコート約4面分に近い広さです。
「最初は、ナスやトマトを植えて楽しんでいたんです。でも、夏が来た瞬間に景色が変わりました。昨日刈ったはずの雑草が、雨が降るたびに背丈ほどまで伸びる。一度、所用で1週間ほど東京に戻っていたときがあったのですが、留守の間に雑草がボーボーで……その光景を目の当たりにしたとき、思わず、膝から崩れ落ちました。実家の維持だけでも大変なのに、この広大な畑を管理し続けるには、相当の体力が必要だと痛感しました」
追い打ちをかけたのは、近隣住民からの視線でした。ある日、作業中に腰を痛めて休んでいた佐藤さんのもとに、近所の農家が訪ねてきました。
「あそこの隅の草、種が飛ぶ前に刈らないとダメだと。『うちは売り物を作ってるんだから困る』というクレームでした」
少々リフォームしたものの、格安で移住を叶えました。退職金も、貯金も十分にある。金銭的には余裕があるはずなのに、目の前の1反の土地に疲弊しています。自由を手に入れたはずが、実際は土地の管理人に成り下がったような気分だったといいます。
「たった数ヵ月で『移住なんて、やめておけばよかった』と……なんとも情けない話です」
しかし限界を感じた佐藤さんが、地元の農業委員会や若手の就農希望者に相談したところ、「市民農園」として貸し出す案が浮上しました。
「自分一人で抱え込むのをやめた途端、一気に『移住してよかった!』という気持ちに変わりました。諦めなくて本当によかったです」