(※写真はイメージです/PIXTA)
「家を守る」という大義名分の裏で
都内の広告関連会社で働く佐藤美由紀さん(53歳・仮名)は、長年暮らした実家を後にしました。手元にあるのはボストンバッグ1つと、数日前に契約を済ませた新しいマンションの鍵だけです。同居する母・和子さん(76歳・仮名)には、行き先も、家を出ることも一切告げていません。
「母が憎くて置き去りにしたわけではありません。母にとっては、父と建てたこの家が人生のすべてでした。その気持ちが分かるからこそ、私も長年応えようとしてきたんです」
現在の月収は38万円ほど。10年前に父親を亡くしてからは、月13万円の年金で暮らす和子さんと実家で同居してきました。光熱費や固定資産税、日々の生活費の大部分を負担しながら、老いた母を支え続けてきたのです。
父親の他界直後から、和子さんの「実家への執着」は強くなっていきました。築45年を迎え、雨漏りや水回りの不具合が出始めても、和子さんは「お父さんと建てた家だから」「先祖代々の土地を手放したらバチが当たる」と、売却や住み替えの提案に一切耳を貸しませんでした。
和子さんにとって実家を守ることは、亡き夫への愛であり、自身のアイデンティティのすべてだったと考えられます。しかし、維持・管理の実務と経済的負担は、すべて同居する美由紀さんの肩にのしかかりました。
度重なる修繕費に加え、高齢の和子さんには管理できない庭の草むしりや、大量の遺品の整理も、美由紀さんが仕事の合間を縫ってこなすしかありません。美由紀さんが「もっと管理しやすいコンパクトなマンションに移ろう」と提案するたび、和子さんは「私に死ねということか」「親不孝者」と激しく泣き叫び、話し合いを拒絶し続けました。
総務省『住宅・土地統計調査(2023年)』によると、65歳以上の高齢者がいる世帯の約45.4%が「一定のバリアフリー化(手すり設置や段差解消など)」された住宅に暮らしていますが、逆に言えば半数以上の高齢者は十分な設備がない住宅に住んでいます。親世代はもちろん、子世代も、決して快適ではない住環境に置かれている状況が推察されます。