(※写真はイメージです/PIXTA)
「お礼を催促される」ことへの、息子夫婦の違和感
マツコさんはその言い分に納得がいきませんでした。
「直接いうつもりだったって……それまで一言も連絡がないなんて、もらった側の態度じゃないわ。それに、サヤさん(嫁)からも一言あっていいはずでしょう」
電話の向こうでタカシさんがため息をつくのがわかりました。
「サヤだって仕事に息子の新生活の準備にバタバタしてるんだよ。……母さん、そんなに急がなくってもいいじゃないか。そんなにお礼が欲しいなら、もう送ってくれなくてよかったのに」
タカシさんの言葉にマツコさんは凍りつきました。自分にとっては身を削って捻出した100万円。しかし、住宅ローンや子どもの教育費、そして共働きの忙しさに追われる息子夫婦にとって、そのお金は「いずれ自分たちが相続するはずの資産の前倒し」程度の認識だったのかもしれません。
「わざわざ電話までしてお礼を求めるなんて、年寄りは暇でいいな」直接口には出さないものの、タカシさんの話ぶりからはそんな苛立ちが交じっていました。やりとりそのものを面倒に感じている息子と、100万円に人生を投影していた母。決定的な価値観のズレに、マツコさんは震える手でスマホを切りました。
すれ違いが招く親子のギャップ
マツコさんの事例は、現代のシニア世代と子世代のあいだの「お金と感情の温度差」を浮き彫りにしています。
マツコさんにとって「なにかをもらったら電話や手紙で即座にお礼をする」のは絶対的なマナーでしたが、息子にとってLINEは「単なる業務連絡のツール」。息子側には「中途半端にLINEで済ませたくない(=後に回そう)」という、彼なりの敬意があったのかもしれません。しかし、それが親側の「不安」や「認められたい」という感情を逆なでする結果となりました。特にお金が絡む場面では、コミュニケーションの取り方には親子であってもそれぞれに感じ方が違うことが少なくありません。
マツコさんが「お礼がない」と憤る背景には、自分の犠牲を認めてほしい、という切実な願いがあったのでしょう。しかし、贈与された瞬間に、お金の主導権は受け取り側に移ります。使い道や感謝の形までコントロールしようとすると、それは贈り物ではなく重荷に変わってしまいます。
「あげるなら、忘れる。忘れられないなら、あげない」冷たく聞こえるかもしれませんが、お互いに依存しない、異なる世代間の親子関係を健全に保つのに必要なのは潔さです。自分のお金は、自分の人生のために使い切る。その自立が、現実的な愛情表現といえるのではないでしょうか。