親にしかできない「最後の仕事」

永瀬さんはお金の話を終えた後、声のトーンを変えてこう切り出しました。

「石川さん、実はお金よりも心配なことがあります。息子さんには、FIREして何をしたいのかという目標がありますか?」

石川さんは言葉に詰まりました。健太郎さんの口から出たのは「自由になりたい」「働きたくない」という言葉ばかりで、自由になって何をするかは聞いた覚えがありません。

「そこが最大のリスクかもしれません」と永瀬さんは言いました。

やりたいことがあってFIREするなら、それは素晴らしい選択です。しかし「働きたくない」だけが動機なら、社会から孤立し、生きる意欲そのものを失いかねない——。永瀬さんの指摘に、石川さんは昼の2時にパジャマ姿で「友達に会えない」と寂しそうに笑った息子の姿を思い出していました。

「息子さんの選択を全否定すべきではありません。15年で6,000万円を築いた努力は率直にすごいことです。ただし、完全リタイアではなく少額でも安定収入を得続ける『サイドFIRE』が現実的です。パートタイムでもボランティアでもいい。社会との接点を保つことが、資産の寿命だけでなく、息子さん自身の心と体の健康を守ることにつながります」

そのうえで永瀬さんはこう提案しました。

「今日お話ししたリスクを、感情ではなく事実として伝えてみてください。親の小言ではなく客観的な事実として届きやすくするため、私のようなFPを間に挟むのも1つの方法です。『お前は間違っている』ではなく、『一緒にライフプランを確認してみないか』と。計画の穴を一緒に埋めてあげること。それが親にしかできない仕事だと思います」

FIREの理想と現実、その先に必要な対話

FIREという選択自体は、一つの生き方です。しかし計画には盲点がつきものです。

4%ルールの前提条件、退職後の社会保険料負担、少ない年金、繰上げ受給で失う障害年金という安全網、そして目的なき自由がもたらす孤立と心身の衰え——。これらを知ったうえでの判断と、知らないままの判断では、人生の結末はまるで違います。

大切なのは夢を否定することではなく、現実の数字と自分自身に向き合うこと。それが、FIREを目指すすべての人と、その家族への教訓ではないでしょうか。

帰り道、石川さんは健太郎さんにLINEを送りました。

「この前は言い過ぎた。今度、もう一度ちゃんと話さないか」

 深夜に届いた返信はたった一言、「いいよ」でした。

ファイナンシャルプランナー
青山創星