定年退職は、夫婦のライフスタイルや家計の在り方が変わる転換点です。長年、家計管理を相手に任せきりにしていると、老後を目前にして思わぬ現実を突きつけられることも少なくありません。安心なセカンドライフを築くために、何が必要なのか。ある夫婦のケースから、これからの資産管理の勘所を見ていきます。
たったこれだけのお金で、老後はどうするつもりなの? 58歳専業主婦、60歳定年夫の「まさかの通帳残高」に絶句。初めて知った家計の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

定年退職の日、初めて見た通帳の数字

「こんな残高だとは思っていませんでした」

 

そう話すのは、神奈川県在住の中村陽子さん(58歳・仮名)。陽子さんは結婚以来、専業主婦として家庭を支えてきました。一方で夫の義雄さん(60歳・仮名)は大手メーカーに勤務し、40年近く会社員として働いてきました。

 

中村家の家計管理は、結婚当初から一貫して夫の義雄さんが担当。陽子さんは、夫の給与額の詳細や、毎月の振込口座の推移を正確に把握していませんでした。義雄さんが管理する口座から、毎月決まった額の生活費を現金で手渡され、その範囲内で食費や光熱費をやりくりする形式を数十年続けてきました。

 

夫は会社で管理職を務めており、一定以上の年収があることは推測できました。そのため陽子さんは、月々の生活費が滞りなく渡されている以上、将来のための貯蓄や退職金の運用も夫が適切に行っているものと信頼していました。老後の資金についても、特段の不安を抱くことなく、具体的な貯蓄額を確認することもありませんでした。

 

しかし、義雄さんが60歳の定年退職を迎えた日に転機が訪れます。会社から振り込まれる退職金の手続きや、今後の生活費の引き落とし先を確認するため、夫婦で銀行へ向かいました。そこで陽子さんは、結婚以来初めて、家計の全容が記されているはずの通帳を手にしました。

 

「残高を見て、言葉が出ませんでした」

 

通帳に記されていた残高は、約50万円でした。退職金が振り込まれる直前というタイミングではありましたが、40年間の勤労を経て蓄えられているはずの資産としては、あまりに少ない数字だったのです。

 

帰宅後、陽子さんは夫に貯金の所在を尋ねました。義雄さんはしばらく沈黙した後、「投資で減ったんだ」と答えました。詳しく事情を聞くと、義雄さんは数年前から独断で株や暗号資産の取引を開始していたことが判明しました。スマートフォンのアプリを利用し、陽子さんに相談することなく個人で売買を繰り返していたといいます。「増えると思ったんだ」という夫の説明に対し、陽子さんはそれまで夫が投資を行っている事実すら認識していませんでした。

 

「家計の話はほとんどしてこなかったんです」

 

生活費に困ることがなかったため、陽子さんは家計の内実に関与してきませんでした。しかし、定年退職によって状況は一変します。今後の収入は、再雇用による給与や年金が中心となります。「これからどうするの?」という陽子さんの問いに、義雄さんは「退職金が入るから大丈夫」と繰り返しました。しかし、陽子さんの不安は解消されません。退職金もまた、義雄さんの判断で投資に回される可能性を危惧したからです。

 

結婚して約40年。陽子さんはこのとき初めて、義雄さんの金銭感覚を知った気がしたといいます。現在、夫婦は退職金の管理方法を含め、家計の全面的な見直しに向けた話し合いを行っています。