(※写真はイメージです/PIXTA)
管理職の重圧と親族間の葛藤、実家売却という選択
「正直、仕事と介護の両立は物理的に不可能でした」
都内のメーカーに勤める佐藤健一さん(47歳・仮名)は、大学卒業後から25年勤務し、今年の春に課長職へ昇進しました。各種手当を含めない月収は約52万円(額面)となり、年収ベースでは800万円を超える水準です。しかし、この昇進と同時期に、同居する母・和子さん(78歳・仮名)の身体機能が急速に低下しました。数年前から要支援認定を受けていた和子さんですが、足腰はさらに弱くなり、日常生活全般に介助を要する状態へと変化したのです。
昇進後の佐藤さんは、30人の部下のマネジメントや全社的なプロジェクトの進行管理を担うことになりました。以前は午後7時前後に帰宅できていたものの、課長職就任後は夜間の会議やトラブル対応が常態化し、帰宅が午後10時を過ぎる日が週の半分以上を占めるようになります。出勤前に母の三食分を準備し、深夜の帰宅後に洗濯や掃除を行う生活を続けましたが、睡眠時間は4時間を切る日が続きました。
そんななか、和子さんが自宅の廊下で転倒し、救急搬送される事案が発生しました。幸い打撲で済みましたが、佐藤さんは重要な会議を中途退席して病院へ駆けつけました。職場では「管理職なのだから私生活を管理すべき」という無言の圧力を感じ、自身のキャリアと介護の継続に限界を悟ります。
和子さんの受給年金は月額13万円であり、介護サービスの自己負担分や医療費、実家の維持費を含めた生活費の大半は、佐藤さんの給与から捻出されていました。経済的・体力的限界から施設入居を検討し、親族に相談したところ、事態は複雑化します。
盆暮れにしか顔を合わせない叔父や従兄弟らから、「長男が親の面倒を見るのは義務である」「代々受け継いだ実家を空き家にするのは先祖への不義理だ」と強い反対を受けたのです。しかし、これらの親族から具体的な介護の分担や、金銭的な援助の申し出が行われることは一切ありませんでした。
「外野の親戚ほど、口を出してくるから厄介です」
佐藤さんは最終的に周囲の反対を押し切り、和子さんを住宅型有料老人ホームへ入居させる決断を下しました。同時に、自身も職場に近い賃貸マンションへ移り、誰も住まなくなった実家については不動産会社を通じて売却の手続きを進めています。固定資産税や庭木の管理、火災リスクを考慮した結果、所有し続けることは合理的ではないと判断したためです。
現在は、週末を利用して施設を訪れ、母の生活用品の補充や散歩の付き添いを行っています。
「母とは笑って話せるようになりました。以前は色々な重圧のなかで、きつくあたってしまうことも多かったので。母を施設に入れることに抵抗はありましたが、結果的によかったと思っています」
佐藤さんは、仕事の責任を果たすことと母の安全を確保することを優先した結果、ともに暮らしてきた親子の生活を終わらせる決断をしたのです。