日本の社会保障制度は「申請主義」に基づいています。どれほど困窮していても、自ら手を挙げなければ救いの手は差し伸べられません。しかし、支援を必要とする人たちのなかには、あえて支援を拒絶する人々が少なくありません。ある女性のケースを通じ、日本特有の「制度回避型貧困」が招く現実をみていきます。
悔やんでます…年金月11万5,000円・団地住まいの68歳女性、貯金残高1,240円でも「生活保護」を拒み続けた代償 (※写真はイメージです/PIXTA)

「申請主義」の壁と、高齢者を阻む「心理的ハードル」の正体

日本において生活保護の受給資格があるにもかかわらず、実際に受給している人の割合を示す「捕捉率」は、諸外国に比べて極めて低いことが指摘されています。

 

厚生労働省『被保護者調査』などによると、日本の生活保護捕捉率は2割程度にとどまるとする研究もあり、ドイツやフランスなどの欧州諸国が5割から8割近い捕捉率を維持しているのと比較すると、その低さが際立ちます。

 

なぜ、これほどまでに制度が利用されないのでしょうか。国立社会保障・人口問題研究所が過去に行った調査や意識調査を分析すると、受給をためらう理由として以下の要素が上位に挙がります。
 

●「家族への連絡(扶養照会)」への抵抗感

●「生活保護=恥」という強いスティグマ(社会的烙印)

●窓口での対応に対する不安(水際作戦への懸念)

 

特に、佐藤さんのケースでも見られた「家族・子どもに知られたくない」という心理は、日本の高齢者において非常に強力なブレーキとなります。2021年に厚生労働省は運用を一部改正し、「家族に仕送りを期待できない明らかな理由がある場合」などは照会を不要とする通知を出しましたが、現場の運用や当事者への周知はいまだ不十分なようです。

 

また、住民税非課税世帯に対する各種減免制度(国民健康保険料の減免や介護保険料の軽減など)についても、自治体からの通知を見落としたり、「自分は対象外だろう」と思い込んだりすることで、本来受けられるはずの恩恵を逃している高齢者も少なくありません。

 

今回の事例から得られる新しい気づきは、貧困の要因が「知識の欠如」ではなく、むしろ「過去の成功体験に基づく自尊心」にあるという点です。

 

多くの場合、生活困窮に関する相談現場では「制度を知らない層」への周知が課題とされます。しかし、現代の「制度回避型貧困」に陥る人々は、スマートフォンやテレビを通じて制度の存在をある程度知っています。それでも使わないのは、「自分はまだそこまで落ちていない」という一種の現状否認が働いているからです。

 

「まともな暮らし」という看板を下ろすことに、耐えがたい苦痛を感じてしまう――。しかし、個人の努力で抗える範囲には限界があります。「助けて」といわない美徳は、現代の複雑な社会構造のなかでは、もはや美徳ではなく「自壊への引き金」となり得ます。

 

国や自治体には、制度のハードルを下げる工夫が求められますが、それ以上に私たち一人ひとりが「制度を利用することは国民の権利であり、再起のためのステップである」という認識にアップデートしなければ、万一のとき、自滅の道を進んでしまうかもしれません。