免許返納後の高齢者が直面する現実

警察庁「令和7年中の交通事故死者数」によると、人口10万人あたりの死者数は全国平均が2.06人に対し、高齢者は3.93人と約2倍です。30代〜60代に比べると、75歳以上の加害事故率は明らかに高い数字となっています。

この数字だけを見れば、「高齢者の運転は危険」という結論になりそうです。子どもたちが抱いた「もし加害者になったら」という心配は、統計的にも裏打ちされた正当なものといえるでしょう。

しかし、その安全と引き換えに支払った代償は、あまりに重いものでした。国立長寿医療研究センターが65歳以上を対象に行った調査では、運転をやめた人が将来的に要介護状態になる危険性は、運転を続けている人に比べて約8倍という数値が示されています。

車を運転するという行為は、視覚情報を処理し、瞬時に判断を下し、手足を複雑に操作するという、脳にとって極めて高度な知的作業です。実際、日常的に運転を続けている高齢者は、そうでない高齢者に比べて認知症のリスクが約4割も減少するというデータもあり、功さんにとっての運転は、健康を維持するための一種の脳トレだったといえるでしょう。

また、実際には多くの高齢ドライバーは自らの衰えを自覚したうえで、上手に自己規制をかけています。功さんも視界の悪い夜間や雨の日の運転を避け、慣れ親しんだ生活道路だけを走ることで、リスクを最小限に抑え込んでいました。こうした自律的な安全管理ができているうちは、必ずしも返納だけが唯一の正解ではありません。

高齢者の運転を一律に制限するのは、個人の自由や利便性を損なう年齢差別につながります。大切なのは、「何歳か」ではなく「今、安全に運転できる能力があるか」を、客観的な検査やテクノロジーで個別に判断することです。

運転能力には、身体機能、情報処理、空間認知などさまざまな要素があり、人によってどの能力が低下しているかは異なります。能力の実態を客観的に把握できれば、本人の努力と車のアシスト機能によって運転寿命を延ばすことも可能なのです。

安全のために良かれと思った決断が、実は本人の能力を低下させ、将来の介護負担という形で家族に跳ね返ってくる――。この皮肉な現実を、私たちはもっと重く受け止めるべきなのかもしれません。