「学歴なんて関係ない」と言われつつも、今なお「学歴至上主義」の影は色濃く残っています。親世代が成功体験を持っていたり、逆に学歴にコンプレックスを感じていたりすると、子どもへの期待はいつしか「執着」へと変わることも。ある家族のケースから、教育投資の光と影を見ていきます。
「お父さん、もう無理だよ…」年収1,200万円・59歳サラリーマン、“東大以外は認めない”に縛られた21歳・三浪息子の涙の告白。教育費1,500万円を注ぎ込んだ家族の末路 (※写真はイメージです/PIXTA)

1,500万円を投じた「東大合格」への執着と、21歳息子の静かな崩壊

都内の大手メーカーに勤務する佐藤健司さん(59歳・仮名)。年収1,200万円という、同年代の中でも恵まれた収入を得ています。自身は中堅の私立大学を卒業し、地道な努力で現在の役職を築き上げましたが、仕事の現場で学歴社会の壁を痛感することも多かったといいます。その反動が、ひとり息子である大樹さん(21歳・仮名)への過剰な期待へと繋がりました。

 

「私自身、就職のときも、その後も、何かと学歴で苦労してきました。だから息子には最高峰の環境を与えてやりたかった。東大を出れば、人生の選択肢は無限に広がると信じていたのです」

 

大樹さんが小学校に上がる前から、健司さんの「教育投資」は始まりました。都心の有名進学塾に通わせ、中学・高校は進学校として知られる私立の一貫校へ。これまでに塾代や家庭教師、授業料などで費やした金額は、累計で1,500万円を超えています。しかし、大樹さんの成績は健司さんの期待通りには伸びませんでした。

 

「模試の結果が出るたびに、父から『これでは東大は無理だ』『お前の努力が足りない』と叱責されました。家に安らげる場所はどこにもありませんでした」と、大樹さんは当時の心境を語ります。

 

現役での受験に失敗し、一浪、二浪と重ねるごとに、健司さんの焦りは怒りへと変わっていきました。「東大以外は大学ではない」という言葉が大樹さんを縛り付け、三浪目の冬、ついに限界が訪れます。深夜、勉強机に向かっていた大樹さんは、背後に立った健司さんに対し、震える声で訴えました。

 

「お父さん、もう無理だよ……」

 

涙ながらの告白を受けたとき、健司さんは初めて、息子の顔が驚くほどやつれ、生気を失っていることに気づきました。息子をエリートにするための努力が、いつの間にか息子の心を壊してしまった。崩れ落ちる息子を前に、健司さんは自身の過ちを突きつけられたといいます。

高年収世帯を襲う「教育費の膨張」と、理想の押し付けが招く家族の危機

文部科学省『令和5年度子供の学習費調査』によると、子供一人あたりの学習費総額は、幼稚園から高校まで全て私立に通った場合、約1,838万円にのぼります。これに大学の授業料や浪人期間の予備校費用が加われば、2,000万円を超えるケースも珍しくありません。

 

特に世帯年収が高い家庭ほど、塾や習い事などの「学校外活動費」への支出が顕著になる傾向があります。同調査では、年収1,200万円以上の世帯における公立中学受験生の学習費総額は、年収400万円未満の世帯の約2.5倍に達しています。背景には、親が「自分と同等、あるいはそれ以上の社会的地位を子どもに得させたい」という強い意欲があるのでしょう。

 

しかし、この潤沢な教育資金が、時として子供への無言のプレッシャーとなります。親側には「これだけのお金を出しているのだから、結果を出して当然だ」という心理が働きやすく、それが子どもの自主性を奪い、「教育虐待」に近い状態を作り出すリスクを孕んでいます。

 

本来、受験は子どもが自身の将来のために主体的に取り組むべきものです。しかし、実際には「親のため」の受験になっているケースも多いのが実情です。株式会社スプリックが行った『中学受験に関する調査(2025年)』によると、以下のような親子の本音が浮き彫りになっています。

 

32.0%の子どもが「親の期待に応えるのがストレス」と回答

50.5%の子どもが「親をガッカリさせたくない」と回答

25.2%の親が「自分のプレッシャーで子がストレスを抱えた」と後悔

 

教育費は「将来への投資」といわれます。しかし、その目的が子の幸せではなく、親の虚栄心やコンプレックスの解消にすり替わっていないか、注意が必要です。佐藤さん親子のケースは、その歪みが大学受験という局面で露呈した形といえるでしょう。

 

その後、健司さんは大樹さんの考えを全面的に尊重し、どのような選択をしても応援することを決めました。大樹さんは現在、自分の意志で4度目の大学受験に臨んでいます。

 

[参考資料]

株式会社スプリック『中学受験に関する調査(2025年)』