長年、家族のためにと身を粉にして働いてきた会社員にとって、定年時に支払われる退職金は何物にも代えがたい「ご褒美」のように感じられるものです。まとまった大金を手にし、これまでの労をねぎらうような贅沢や、長年の夢だった趣味への投資を思い描く男性は少なくありません。しかし、その高揚感が一瞬にして冷や水を浴びせられるケースも。退職金を巡るある夫婦の事例とともに、老後資金の管理と夫婦の対話の重要性を考えます。
誰のために働いてきたのだろう⋯〈退職金2,800万円〉60歳男性、38年のサラリーマン生活を終えた日、58歳妻からの「非情なひと言」に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

統計から見る「老後30年」の残酷な収支予測

佐藤さんの妻、恵美さんはケチというわけではなく、超現実派なだけ。老後、2,800万円という退職金がいかにして消えていくのかをみていきましょう。

 

年金だけでは足りない⋯毎月の生活費

総務省「家計調査 家計収支編 2024年(令和6年)平均」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の1カ月あたりの消費支出は平均23万6,696円。これに対し、公的年金を中心とした実収入から税金などを引いた可処分所得は24万6,237円です。一見すると黒字ですが、ここには住居の修繕費や予期せぬ医療費などは含まれていません。

 

さらに、生命保険文化センターの調査によれば、旅行やレジャーを楽しむ「ゆとりある老後生活」を送るには、月平均37.9万円が必要とされています。公的年金を差し引けば、毎月約13万円、年間で150万円以上の貯蓄の切り崩しが発生します。30年間の老後生活を想定すれば、それだけで4,500万円もの資金が必要になる計算です。

 

築30年を超えて発生する⋯住まいの維持費

多くの定年世代が直面するのが、自宅の老朽化です。国土交通省の「令和4年度 住宅市場動向調査」を参考にすると、住宅のリフォームにかかる費用は、屋根・外壁や水回りの改修を含めると1回あたり数百万円単位にのぼります。

 

もし、バリアフリー化を伴う大規模なリフォームのほか、建て替えを検討する場合、その費用は1,000万〜2,000万円を容易に超えていきます。退職金を車に充ててしまうと、雨漏りや設備の故障に対応する予備費が枯渇する恐れがあるのです。

 

予期せぬ出費も大きい⋯医療・介護費用

生命保険文化センターの調査によると、介護が必要になった場合の期間は平均5年強。住宅改修や介護用ベッドの購入などの「一時費用」に平均74万円、月々の「介護費用」に平均8.3万円が必要です。夫婦二人分と考えれば、1,000万円単位の備えがあっても決して過剰ではありません。

 

意外な盲点⋯孫への出費

近年、シニア層の家計を圧迫しているのが孫への支出です。ソニー生命の「シニアの生活意識調査」によると、孫がいるシニアが1年間に孫のために支出した金額の平均は約10万円を超えています。入学祝いや誕生日、お年玉、帰省時の食事代など、家族の絆を深めるための出費は断りづらく、これが数十年にわたり家計の「固定費」として重くのしかかります。

 

佐藤さんのように、退職金を「長年のご褒美」と捉える気持ちは自然なもの。しかし、前述の統計が示す通り、2,800万円という金額で贅沢三昧ができるわけではありません。まずは夫婦で思い描くセカンドライフに優先順位をつけること。自分へのご褒美も、綿密な計画のもとで実現する必要があります。