「遺言書さえあれば安心」というのは大きな誤解です。法的に完璧な書類が、かえって家族の絆を壊すこともあります。大切なのは「わけ方」以上に、その裏にある「想い」を伝えること。本記事では相続の相談業務を専門に請け負う株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが、Aさんの事例とともに、相続に本当に必要なものを問い直します。
「お金、残ってたらラッキーだと思って」…遺産1.2億円・年金月7万円、87歳亡母の金庫に遺された〈手書きの遺言〉に4人きょうだい騒然。その後みつけた〈追伸〉に“次女だけ”が泣き崩れた理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

金庫からみつかった、一見「役に立たない」遺言書

Aさんが87歳で旅立ったあと、親族が揃って金庫を恐る恐る開けました。中から出てきたのは、公正証書ではなく自筆で書かれたと思われる「遺言書」と記された封筒。開封した子どもたちが目にしたのは、あまりにも「曖昧な」文言でした。

 

「自宅は次女以外の3人でわけなさい」

「アパートは次女に任せます」

「残ったお金は4人で仲良くわけなさい」

 

この遺言書だけでは相続手続きをスムーズに進めるのは困難といわざるを得ません。「自宅」や「アパート」がどの不動産を具体的に指すのか特定できず、売却するのか共有するのかも不明瞭。登記などの各種手続きを進めるには、法的な要件が極めて不十分だったのです。

 

「え? これをみてなにをすればいいの? このままでは泥沼化する……」次女が生前抱いていた不安は的中し、相続手続きに暗雲がたちこめました。

母の「呪い」と「愛」が覆した結果

ところが、封筒の中には、もう一枚の便箋が入っていました。そこに記されていたのは、財産のわけ方ではなく、家族へのメッセージでした。

 

夫との思い出、6人での家族旅行の楽しい記憶、そして遠く離れた子どもたちへの変わらぬ愛。特筆すべきは、文末に記された一文でした。

 

「いままでみんなのお陰で楽しかった! 遺言も書いたから大丈夫。でもね、残ったお金は私が使い切る気満々だから、お金が残らずなくなっていたらごめん! そのときは次女を尊重して財産わけしてよ。……喧嘩なんかしたら、絶対に化けて出てやるからね。覚えておいてよ!」

 

この「Aさん節」全開のメッセージを読んだ瞬間、4人がそろった室内の緊張感は一気に溶けました。兄姉たちが思い出したのは、母の楽しそうな笑顔と、それを陰で支え、月20万円の賃料を守り続けてくれた次女の姿です。きょうだいで一番上の長男がいいます。「本当にお母さんらしいね。これまでお母さんのことを次女に任せきりで悪かったね。ありがとう。お母さんの気持ちをみんなで尊重しよう」弟妹も笑顔でうなずきます。きょうだいたちの反応に、次女は思わず泣き崩れてしまいました。

 

法的な不備はあったものの、子どもたちは母の思いを汲み取り、次女のこれまでの貢献を正当に評価する形で分割協議をスムーズに成立させたのでした。