(※写真はイメージです/PIXTA)
遺言書ブームの落とし穴
相続トラブルを避けるための「一丁目一番地」といえば、遺言書です。 近年、その意識は急速に高まっており、日本公証人連合会の統計によれば、公正証書遺言の作成件数は令和6年に約12万8,000件に達し、この10年で最多を記録しました。また、法務局での自筆証書遺言保管制度も累計10万件を超えるなど、「遺言書を残す」ことはもはや常識になりつつあります。
しかし、現場で多くの相続に立ち会う筆者は、遺言書の普及と同時に、ある複雑な心境を抱いています。「法的に完璧な遺言書さえあれば、家族は幸せになれるのだろうか?」という問いです。
今回は、「あえて形式をまったく満たしていなかった遺言書」が、バラバラになりかけた家族の心を一つにした、ある一家の事例をご紹介します。
幸せな老後を支えた、次女の献身
83歳のAさんは、数年前に夫を亡くしたものの、関西の地方都市で活気に満ちた一人暮らしを送っていました。4人の子どもたちは東京、福岡、アメリカ、大阪と各地に散らばっていましたが、唯一地元に残った次女だけが、Aさんの生活と家計を一身に支えていたのです。
Aさんの老後の柱は、月額約7万円(年額80万円強)の国民年金。それだけでは心許ない金額でしたが、亡き夫が遺したアパートの賃料収入が毎月20万〜25万円ほど入り、これがAさんの穏やかな生活の源泉となっていました。
しかし、この「安定」は、次女の献身的な努力の上に成り立つものでした。老朽化したアパートの修繕対応から入居者管理の雑務、さらには毎年の確定申告まで。次女は母のために、アパート経営が滞りなく進むよう、これら煩雑な業務をすべて無償でサポートし続けてきました。
Aさんの資産は、自宅(4,000万円)とアパート(5,000万円)、預貯金の3,000万円を合わせて総額約1億2,000万円。 「もしものとき、遠方の兄姉と揉めたくない。これだけお母さんのために動いていることを、皆は理解してくれるだろうか……」不安を募らせる次女に対し、豪快なAさんはいつも笑ってこう答えました。「大丈夫、ちゃんと遺言書を書いて金庫に置いてあるから!」その勢い任せな物言いに、次女は一抹の不安を覚えます。しかし、親の死後を深く詮索することは不謹慎にも感じられ、それ以上の追及はできずにいました。