人生100年時代において、公的年金は“年齢が来たら受け取るもの”から、“自身のライフプランに合わせて受け取り時期を決めるもの”へと変化しています。その手段となるのが、受給開始をあえて遅らせることで、将来受け取る年金額を一生涯にわたり増やす「繰下げ受給」という選択肢です。この仕組みをどう活用するかは、老後の資金計画における戦略ポイントとなります。本記事では、FP事務所MoneySmith代表の吉野裕一氏が、山崎さん(仮名)の事例とともに老後の年金の受け取り時期の考え方について解説します。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
年金繰下げで「月30万円」を目指し、老体にムチ打ち70歳まで働いた男性…待ちわびた受給日に通帳を握りしめ、後悔に咽ぶ理由【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

年金額よりも大切な「健康寿命」の壁

年金の繰下げ受給は、ひと月繰り下げるごとに0.7%年金額が増える大きなメリットがあります。とはいえ、繰下げ受給を検討する際、「人間の寿命は永遠ではない」という当たり前の事実、そして「健康でいられる時間はもっと短い」という現実を念頭に置いておかなければなりません。

 

人生100年時代といわれるようになった現代、厚生労働省の令和6年簡易生命表によれば、平均寿命(0歳の平均余命)は男性で80.9歳、女性で87.13歳。WHO(世界保健機関)の世界保健統計2025でも、日本人の平均寿命は84.5歳と世界1位の長寿国です。

 

しかしここで見落としがちなのが、介護などを必要とせず自立して生活できる期間を示す「健康寿命」です。同じWHOのデータによると、日本人の健康寿命は73.4歳。平均寿命と比較すると、約10年以上もの「健康ではない期間」が存在することになります。

「死因1位のがん」と「忍び寄る認知症」

憲子さんは、残念ながらがんで亡くなられてしまいましたが、闘病前には物忘れの症状も出ていました。内閣府の「令和7年版高齢社会白書(全体版)」をみても、65歳以上の死因第1位は悪性新生物(がん)。さらに、令和4年の調査では認知症の高齢者は443.2万人、その予備軍とされるMCI(軽度認知障害)は558.5万人にのぼり、今後も増加傾向にあると予測されています。

 

お金の計算上の「損得」にとらわれるあまり、この「健康リスク」への備えがおろそかになってしまっては、本末転倒になりかねません。

 

資産管理と同じくらい重要な「健康管理」

ファイナンシャル・プランナーは、生涯にわたって経済的に不安なく過ごせるよう、家計のシミュレーションを行い、改善策を提案します。しかし、どんなに完璧な収支計画を立てたとしても、人生の「終わりの時期」や「病気になるタイミング」を自分で決めることはできません。

 

だからこそ、「健康管理」もまた、重要な「資産管理」の一部なのです。お金の使い方(生活習慣)が健康に影響するように、健康状態がお金の計画を大きく左右します。

 

定期的なメンテナンス:若いうちからの体作り、定期健診

早期発見への投資:がん検診や検査キットの活用

 

たとえば、がんや認知症も早期発見が鍵となります。認知症ねっとのようなサイトを活用すれば、自身で簡単にチェックも可能です。MCI(軽度認知障害)の段階であれば、治療により改善したり、進行を遅らせたりすることも可能です。

 

人生100年時代。通帳の残高を増やすことだけに目を奪われず、家計と身体、両方の「健康」を守るための準備を、今日から始めてみませんか。

 

〈参考〉

厚生労働省:「令和6年簡易生命表(男性)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life24/dl/life24-06.pdf


厚生労働省:「令和6年簡易生命表(女性)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life24/dl/life24-07.pdf

 

World Health Organization(世界保健機関)
https://www.who.int/data/gho/whs-annex


内閣府:「令和7年版高齢社会白書(全体版)」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2025/zenbun/07pdf_index.html

 

認知症ねっと

https://info.ninchisho.net/check/ch20

 

 

吉野 裕一

FP事務所MoneySmith

代表