かつて「億ション」といえば、経営者や医師、あるいは親からの莫大な援助がある一部の富裕層だけが購入できる高嶺の花でした。しかしいま、都心のタワーマンション、特に湾岸エリアなどの人気地区では、1億円を超える物件が飛ぶように売れています。一体、誰が買っているのか。その主役となっているのが、いわゆる「パワーカップル」と呼ばれる世帯です。彼らは特別な資産家というわけではありません。ごく普通のサラリーマン家庭の延長線上にいる彼らが、なぜ1億円もの負債を抱えることができるのでしょうか。その鍵となるのが「ペアローン」という仕組みです。一人の与信では届かない金額でも、夫婦二人の収入を合算することで、銀行から巨額の融資を引き出すことが可能になります。実例をみていきましょう。
世帯年収1,490万円の30代共働き夫婦、ペアローンでうっかり手が届いてしまった「1億円の湾岸タワマン」…購入時、不動産業者からそっと告げられた「驚きの提案」 (※写真はイメージです/PIXTA)

世帯年収1,490万円・共働き夫婦の「家探し」

都内の賃貸マンションに暮らすヨウさん(仮名/33歳)と妻のチサトさん(仮名/32歳)。ヨウさんはITコンサルティング会社勤務で年収820万円。チサトさんはメーカーのマーケティング職で年収670万円。世帯年収は合わせて1,490万円になります。

 

二人の生活が一変したのは、一昨年、双子が誕生してからでした。それまで夫婦二人で穏やかに暮らしていた部屋は、ベビーベッド二台と大量のオムツ、育児グッズに占拠され、足の踏み場もありません。夜泣きのデュエットが響くなか、リモートワークをするスペースの確保すら難しくなっていました。

 

「もう少し広いところに引っ越さないと、生活が破綻する……」

 

切羽詰まった二人は、利便性を考慮し、湾岸エリアの物件を探しはじめました。しかし、賃貸の家賃相場も高騰しており、広い部屋を借りれば月30万円を超えてしまいます。

 

「家賃に30万払うなら、買ったほうが資産になるんじゃないか」そんなヨウさんの提案で、二人はモデルルームの扉を叩くことになったのです。

1億円の住宅ローンの現実味

案内されたのは、超高層階の角部屋でした。玄関を開け、リビングに足を踏み入れた瞬間、二人は言葉を失います。そこには、「圧倒的な浮遊感」がありました。床から天井まで続く巨大なガラスウォールの向こうには、煌めく都心のビル群と、ミニチュアのように小さくみえる東京の街並み。地上での双子の育児戦争、散らかった部屋、泣き声に追われる毎日……そうした「騒がしい現実」が、ここには一切存在しませんでした。まるで空から下界を見下ろしているような万能感。

 

「ここなら、心に余裕を持って子育てができるかもしれない」チサトさんは、久しぶりに深い呼吸ができた気がしました。

 

しかし、夢のような気分は、価格表をみた瞬間に吹き飛びました。

 

「1億……」 ヨウさんが絶句します。

 

さらにチサトさんには、もっと現実的な懸念がありました。「ヨウくん、うちは双子だよ? 進学のタイミングが全部重なるの。大学まで私立に行かせたら、教育費だけで数千万円かかる。それなのに、こんな借金して大丈夫なの?」

 

二人の貯金は合わせて900万円ほど。決して少なくはありませんが、双子の教育費を考えると、手元の現金を頭金として吐き出すのは危険に感じられます。

 

「身の丈に合っていないんじゃないか……」諦めようとしたそのとき、担当の不動産営業マンが穏やかな口調で引き止めました。

 

「お二人だからこそ、この物件は『安全』なんですよ」