定年を機に、長年連れ添ったパートナーとの関係が崩れてしまうケースは決して珍しくありません。いざ離婚となった際、最も深刻な争点となりがちなのが「自宅」の扱いです。十分な退職金があっても、住み慣れた家を守れるとは限りません。熟年離婚における財産分与のシビアな現実と、不動産が招くリスクについてみていきます。
「あなたの世話はもう限界!」退職金2,000万円が入った翌日、妻が消えた…残された60歳夫を襲う「孤独死」より怖い「自宅売却の地獄」 (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金2,000万円が「手切れ金」に消えた…

大学卒業後、中堅メーカー一筋で定年を迎えた佐藤健二さん(60歳・仮名)。退職金が振り込まれた翌日、人生が暗転しました。

 

「38年間、家族のために必死で働いてきました。退職金が振り込まれた通帳を見てホッとした矢先、妻が書き置き一枚を残して、家を出て行ってしまったんです」

 

書き置きには、「あなたの世話はもう限界でした」とありました。携帯電話にかけても繋がりません。佐藤さんが事態を飲み込めずにいると、数日後に妻の代理人弁護士から内容証明郵便が届きました。そこには離婚の要求とともに、佐藤さんが想像もしなかった「証拠」が提示されていました。

 

「弁護士から見せられたのは、妻が10年前からつけていたという日記のコピーでした。そこには、『誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ』『お前は社会を知らないからダメなんだ』といった私の発言が、日時とともにびっしりと記録されていたのです」

 

佐藤さんにとっては家長として当然の言葉だと思っていましたが、妻にとってはモラハラであり、耐え難い精神的苦痛だったと主張されました。弁護士から「証拠は揃っている。裁判になれば慰謝料も請求する」と通告され、佐藤さんは離婚に応じざるを得なくなりました。 そこで佐藤さんを襲ったのが、シビアな「財産分与」の現実です。

 

「結婚期間は35年になります。入社して数年で結婚し、この家も夫婦でいる間に買いました。子ども2人の教育費や住宅ローンの繰り上げ返済にお金を費やしてきたため、手元に残った老後資金は、退職金の2,000万円と、預貯金500万円の計2,500万円。そして、この自宅です。妻側はこれらすべてを合算し、きっちり半分に分けるよう要求してきました」

 

資産の内訳は、金融資産が2,500万円、自宅の査定額が4,500万円。合計7,000万円です。これを法律の原則通りに分ければ、妻の取り分は3,500万円になります。

 

「私はこの家を手放したくありませんでした。愛着もありますし、60歳を過ぎてからの引越しは精神的にも重荷です」

 

佐藤さんは自宅(4,500万円相当)を自分が取得する代わりに、妻に現金で代償金を支払う方法を提案しました。しかし、計算が合いません。手持ちの金融資産2,500万円をすべて妻に渡しても、妻の取り分である3,500万円には1,000万円足りないのです。

 

「退職金も貯金も全額失うどころか、さらに1,000万円を用意しろというんです。妻に『不足分は分割にしてくれないか』と頼み込みましたが、『譲歩はしない。一括で払えないなら家を売って現金化しろ』と、すげなく断られました」

 

結局、佐藤さんは自宅を売却せざるを得なくなりました。

 

「家を売る手続きは屈辱的でした。内見に来た若い夫婦に『ここはリフォームが必要ですね』などと値踏みされ……。結局、売却を急ぐ足元を見られ、査定額より低い4,000万円ほどで手放しました」

 

売却益と金融資産を合わせた約6,500万円を折半し、諸経費を引いて佐藤さんの手元に残ったのは3,000万円程度。そして佐藤さんは住む家を失いました。