高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。 入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、「食事」にこだわりを持っていた親子のケースです。
「こんな冷えた飯、食えるか!」年金月18万円・82歳父が激怒。入居1ヵ月で5キロ減…試食会では見抜けない「老人ホーム選び」の落とし穴 (※写真はイメージです/PIXTA)

試食会では「揚げたて天ぷら」が出てきたのに…

「父は昔から、何よりも『食』にこだわる人でした。晩酌のつまみ一品にもうるさく、母が亡くなってからは自分で市場へ出向いて魚を選ぶほど。そんな父だからこそ、老人ホーム選びも『食事が美味しいこと』が絶対条件だったんです」

 

こう語るのは、都内に住むパート従業員の田中由美さん(52歳・仮名)。父、佐藤健次郎さん(82歳・仮名)は、一度は入居した有料老人ホームをわずか1ヵ月で退居することになりました。その最大の原因は「食事」にありました。

 

80歳を超えたあたりから足腰が弱り、自宅での独り暮らしに限界を感じ始めた健次郎さん。由美さんと一緒にいくつかの老人ホームを見学しました。健次郎さんが気に入ったのは、入居一時金1000万円、月額利用料25万円ほどの介護付き有料老人ホーム。決め手となったのは、試食会で提供された料理です。

 

その日の試食会で提供されたのは、揚げたての天ぷら御膳。衣はサクサクで温かく、出汁の味もしっかりしていました。「ここなら毎日美味い飯が食える」と、健次郎さんも上機嫌で契約書にサインをしたといいます。

 

しかし、その期待は入居初日から裏切られることになります。

 

「入居して3日もしないうちに、父から怒りの電話がかかってくるようになりました。『飯がまずくて食えない』『こんな冷めた飯を食わせるなんて』と不満たらたら。最初は環境が変わったストレスかと思ってなだめていたんですが、あまりに剣幕がすごいので、ある日、昼食の時間に合わせて面会に行ってみたんです」

 

そこで由美さんが目にしたのは、確かに、試食会のイメージとは異なる食事でした。メインの煮魚は冷たく硬くなっていて、味噌汁もぬるそう。煮物は形が崩れるほど煮込まれすぎています。

 

「スタッフの方に『試食会の時とずいぶん違いませんか?』と尋ねると、『普段は衛生管理上、早めに調理して適温まで下げる工程がありますので……』と、申し訳なさそうに説明されました。試食会の天ぷらは、見学者向けに特別に作った料理だったようです」

 

日常から“食べる楽しみ”がなくなった健次郎さん。食堂に行くのを拒否し、部屋で持参した(こだわりの)ふりかけでご飯を流し込むだけの日々。入居時65キロあった体重は、わずか1ヵ月で60キロまで落ちてしまったとか。由美さんも1ヵ月で退去という選択をしたといいます。