「子どもが巣立ち、ようやく自分たちの番」のはずが…

東京郊外に住む石村健一さんと妻の美香さん(ともに仮名・68歳)は 年金暮らし。2人の子どもを大学まで出し、長女は結婚して独立、長男の大輔さんも就職し、一人暮らしをしていました。

健一さんが63歳で定年退職した頃には、35年の住宅ローンも完済。退職金を含めて貯蓄は2,000万円、年金は夫婦合わせて月22万円の見込みでした。 退職後の2年間は、企業年金の一部と退職金を取り崩して生活をつなぎ、「65歳からは年金でゆとりある暮らしができる」と考えていたといいます。

「やっと夫婦2人の時間ができた。旅行にも行きたいし、趣味にもお金を使えると楽しみにしていたんです」と美香さんは振り返ります。

しかし、そんな平穏な日々が続いたのはわずか1年ほどでした。健一さんが64歳のとき、息子の大輔さん(当時33歳)から電話が入りました。

「もう無理かもしれない」――疲れきった声でした。

大輔さんは大学卒業後、大手メーカーに勤めていましたが、20代後半でうつ病を発症。 通院しながら働き続けていましたが、体調はなかなか安定せず、転職と退職を繰り返していました。

そんな息子の様子を見かねて、健一さん夫婦は思い切って声をかけました。

「いったん帰っておいで。焦らず立て直そう」

思いがけない「子育て」の再来と長期化、老後計画は丸つぶれに

こうして大輔さんが実家に戻ってから、もう5年経ちます。その間に3度就職しましたが、いずれも半年から1年で退職。働いていた時期もありましたが、収入は安定せず、結局は親の支援に頼る生活が続いています。現在は通院を続けながら、自宅で療養中です。

「最初は“少し休めば元気になる”と思っていました。でも、発症からもう10年になります」と健一さんは肩を落とします。

朝は起きられず、昼夜逆転の生活。食事は美香さんが用意し、生活費も両親が負担しています。「まるで子育てに戻ったみたい。いえ、反抗期の子どもより大変かもしれません。私たちはもう68歳、息子も38歳になるのに……」と美香さんは苦笑します。

当初2,000万円あった貯蓄は、定年後の生活費に加え、大輔さんの生活費や医療費、一時的な借金の肩代わりも重なり、現在は1,200万円まで減少しました。 年金だけでは3人分の生活費が賄えず、毎月10万円ほど貯蓄を取り崩しています。

「毎月10万円くらいなら大丈夫」と思っていた取り崩しが、気づけば年間120万円、5年で800万円。 「老後は旅行にも行きたかった。でも今は、自分たちの老後資金が尽きないか、そればかりが心配です」と健一さんはため息をつきます。