「終活」という言葉が浸透し、「家族に迷惑をかけたくない」と万全の準備を進める人は増えています。しかし、財産や持ち物の整理はできても、「最期をどこで、どう迎えるか」という問いは簡単ではありません。
死ぬ準備はできてます、でも…〈年金月15万円〉82歳、終活完了で「老人ホーム入居」も後悔。人生唯一の心残りに号泣 (※写真はイメージです/PIXTA)

自宅も処分し老人ホームへ…82歳の完璧な終活のはずが

田中幸子さん(82歳・仮名)。介護付き有料老人ホームに入居し半年が経ちます。5年前に3歳年上の夫を見送ったあと、都内の自宅で一人暮らしを送っていました。2人の子どもたちとは離れて暮らし、それぞれが家庭を築いています。

 

幸子さんは月15万円の年金を受け取り、誰かを頼ることもなく、慎ましやかに暮らしていました。「家族には迷惑をかけたくない」という思いが強いという幸子さん。それは自身の最期においてもそう。

 

「あの子たちも50も後半。自分の老後のことを考えると、余裕はありませんよ。私のことで負担を感じてほしくなかったのです」

 

幸子さんは少しずつ身辺整理を行い、エンディングノートを作成。葬儀やお墓の準備を行い、財産を整理。遺言書も作成しました。そして自宅の売却を決め、終の棲家として老人ホームへの入居を決めたのです。

 

「これで、もう思い残すことはない。持ち物もすべて整理しましたし、いつお迎えが来てもいいように、死ぬ準備はすべて整ったと思っていました」

 

老人ホームでの生活は快適そのもの。栄養バランスの取れた食事が3食提供され、アクティビティも充実。入居者には同年代かつ、同じような境遇の人も多く、毎日、何気ないおしゃべりを楽しんで時が過ぎていきます。「こんな年になって、新しく友だちができるなんてね」と幸子さんは笑います。夜間も職員が見守ってくれますし、看護師も24時間常駐しています。自宅で一人暮らしていたときのような不安感はまったくありません。

 

そんな毎日のなかで、ふと、寂しさを覚えるときがあるといいます。

 

「ここでの生活は本当に快適だし、楽しいし、安心だし、文句のつけようがありません。しかし、“自分のうち”ではない——たまに、そう思うと、理由も分からず寂しくなることがあります。決して叶うことではないのですが、『うちに帰りたい』と思ってしまうのです」

 

そのように感じたとき、亡くなった夫も同じ気持ちだったのかもしれないと思うのだとか。幸子さんの夫・正一さん(仮名)は、在宅介護の末、自ら介護施設に入ることを望み、入居から2年後に亡くなったそうです。

 

「介護でしんどそうにしている私を見て、あの人から『介護施設に入る』と強く言ってきたんです。お互いに良い方法を見つけたと思っていましたが……やっぱり自宅への想いは強いもの。すでに自宅を売却してしまった私だって、そう思うのですから。夫もうちに帰りたかったんじゃないかと」

 

老人ホームに入居して以来、正一さんは一度も自宅に帰ることなく亡くなりました。そのことを、今さら後悔したところでどうしようもない。それでも、自分が同じ「施設」という場所で日々を過ごすなかで、夫が当時抱えていたであろう心情が何となくわかる……そして、涙が止まらなくなるのだとか。

 

「面会に行くと、満面の笑みを見せてくれました。でも、本当は寂しかったんじゃないかな……」