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年金11万円の現実……「節約」という名の我慢
「じぃじ、なんか汗臭い……」
真夏の昼下がり、久しぶりに会った孫の口からこぼれた無邪気な一言。悪気がないことは痛いほどわかるものの、その言葉は小林正一さん(69歳・仮名)の心に深く突き刺さりました。
正一さんは現在、月11万円の年金から手取りで6,000円ほど引かれた額で一人暮らしをしています。若いころは自営業でしたが、のちに就職。65歳になるまで勤め上げました。真面目に働いてきた自負はあるものの、十分な貯蓄ができたわけではありません。妻に先立たれてからは、都内の小さなアパートで静かに日々を送っています。
「贅沢なんて考えたこともないですよ。ただ、人様に迷惑をかけず、慎ましく生きていければ、それで十分だと思っていました」
そう語る正一さんの生活は、徹底した節約の上に成り立っています。やはり昨今の物価高のなか、月10万円強だけでは到底暮らしていくことができません。たまにアルバイトをして収入を得ていますが、節約は必須。節約できるところは何でも節約します。
「日中は図書館やスーパーで涼んで、家にいるときは窓を開けて扇風機を回してしのぎます。食費を切り詰めるのはもちろんのこと、真夏でも入浴は3日に1回と決めていました。水道代とガス代を少しでも浮かせるための、苦肉の策です。汗をかいたら、硬く絞ったタオルで体を拭く。それでさっぱりしますから」
我慢しているのではない。工夫をしているのだ――そう言い聞かせて、暮らしてきました。そんな8月のある日のこと、娘が小学生の孫を連れて、何の連絡もなく正一さんのアパートを訪ねてきました。思いがけないサプライズに、正一さんの顔は久しぶりに輝きます。
「じぃじ!」と駆け寄ってくる孫の姿。厳しい節約生活で少々心がすさんでいましたが、ふっと和らぐのを感じたといいます。汗だくであることも忘れ、愛しい孫を力いっぱい抱きしめようと腕を広げた、そのときでした。
「じぃじ、なんか汗臭いよ」
孫の正直な反応に、娘が慌てて「こら!」と声を上げます。正一さんも「まずかったな」と思いつつ、孫の無邪気なひと言には、少なからず傷ついたといいます。