中高年女性の生活に直結する「年収の壁」と「遺族年金」制度。税金支払いのため労働力を発揮できずキャリア形成を断念する、夫に先立たれれば年収がなくなるといった社会問題の解決が期待されています。本稿ではニッセイ基礎研究所の坊美生子氏が、今年の通常国会で成立した「年収の壁」「遺族年金」の改正施策について詳しく分析、解説します。
低所得の妻に「所得補償」を続けるのか、「生活再建」を促すのか…通常国会で法改正された「年収の壁」と「遺族年金」から考える (写真はイメージです/PIXTA)

改正施策にみられる方向性の違い

さて、ここまで述べてきたように、今年の通常国会で改正された「年収の壁」と「遺族年金」の二つを見ると、ベクトルが異なっているように映る。同じく女性の就業拡大という環境変化を受けているものの、「年収の壁」の改正では、所得税の壁をスライドし、社会保険の壁を一つ撤去しただけで、税・社会保険における扶養の仕組みとコンセプトを残し、会社員・公務員の妻を引き続き、所得保障の対象と見なしている。これに対して遺族年金の改正では、死別女性を段階的に、所得保障の対象ではなく、自立の対象としていくように舵を切った。

 

と言っても、現在、第3号被保険者がいる世帯からは、廃止には異論はあるだろう。各家庭では、扶養や控除を前提に生活設計をしているからだ。特に年金は、中長期のライフデザインに影響するものであり、途中で給付が廃止されると、人生設計が狂ってしまう。

 

それでは、子どもたちの世代にも、扶養の仕組みと、その根底にある男女役割分業意識を引き継ぐことが、果たして望ましいのだろうか。現在の中高年女性だと、家族のケアや、夫の転勤によるキャリアの分断など、様々な事情から扶養を選んだケースも多いと思うが、自分の娘たちにも同じ道を歩んでほしいだろうか。

 

筆者は、中期的に、税・社会保険の扶養の仕組みを見直すべきだと考える。ただしそのためには、社会全体で男女役割分業意識を見直していくことも必要だ。家庭で家事育児が妻に偏っていては、妻が就業時間を増やすことが難しいからである。この点については筆者の既出レポートを参照されたい4

 

そして最も大事な点は、扶養を外れてしっかり働くことは、現役時代の収入や老後の年金が増えるなど、女性自身のウェルビーイング向上につながるということである。筆者はこれまで繰り返し述べているが、女性は男性よりも平均寿命が長いので、今は夫に養われている妻も、老後は「おひとりさま」になる可能性が高い5

 

扶養の範囲で働き続けると、夫が健在なうちは、夫の給料や年金で暮らしていけても、夫の死後は、世帯収入が大幅に減少する。貯蓄や企業年金など十分な資産がある場合や、他の事業収入がある場合を除けば、突如、貧困に直面するリスクがある。

 

結婚・出産以来、家庭を守り、働く夫を一生懸命支えてきたとしても、夫が亡くなれば、夫の年金を受け取る権利は妻にはない。遺族年金を受け取れる場合もあるが、その水準は決して高くなく、6割以上が、基礎年金を含めても月額10万円未満である。上述したように、遺族厚生年金は、将来的には給付期間が原則、5年に短縮される。

 

つまり、妻が夫の扶養の範囲で働き、家庭を守るというスタイルは、夫婦のうちはメリットが大きいように見えて、夫が先立てば、妻にはデメリットが大きいとも言える。

 

ジェンダーの観点で見ると、通常国会における年収の壁と遺族年金という二つの改正は、ちぐはぐだった。低所得の妻を、「所得補償」の対象として扱い続けるのか、それとも「生活再建」の対象として、再就職やリスキリング支援を強化していくのか。どちらが将来的に、女性のためになるだろうか。

 

年金に関わる見直しは中長期を要するからこそ、通常国会が閉会した今後も、社会全体で議論を続け、早急に方向性を決めるべきではないだろうか。

 

 

4 坊美生子(2024)「女性の就労の『壁』は年収だけなのか」(研究員の眼)、同「なぜ日本では『女性活躍』が進まないのか~“切り札”としての男性育休取得推進~」(基礎研レポート)

5 坊美生子(2025)「『老後シングル』は他人事か?~配偶関係ではなく、ライフステージとして捉え直す~」(研究員の眼)