中高年女性の生活に直結する「年収の壁」と「遺族年金」制度。税金支払いのため労働力を発揮できずキャリア形成を断念する、夫に先立たれれば年収がなくなるといった社会問題の解決が期待されています。本稿ではニッセイ基礎研究所の坊美生子氏が、今年の通常国会で成立した「年収の壁」「遺族年金」の改正施策について詳しく分析、解説します。
低所得の妻に「所得補償」を続けるのか、「生活再建」を促すのか…通常国会で法改正された「年収の壁」と「遺族年金」から考える (写真はイメージです/PIXTA)

「遺族厚生年金」の改正

遺族厚生年金は、厚生年金に加入していた配偶者が死亡した場合に、条件を満たせば、夫に受け取る権利があった老齢年金のうち、報酬比例の4分の3を受給できる制度である。現行制度では、夫の死亡時に妻が30歳以上であれば、生涯、受給できる。妻が40歳から64歳までで、子がいない場合は加算もある(子がいないと、別途、遺族基礎年金が給付されないため、遺族厚生年金だけでは困窮するリスクが高いと考えられているため)。また、遺族年金は非課税所得とされ、国民健康保険や後期高齢者医療保険の保険料算定の際も、保険料が低く抑えられる。

 

このような手厚い仕組みの背景には、夫に養われていた妻が、夫の死後、30歳を過ぎて自立するのは困難、という見方があり、実態として、死別女性の「生活保障」の役割を果たしてきた。女性の平均年金受給額を配偶関係別に比べると、「死別」が最も高いことは、筆者の既出レポートで説明した通りである2

 

今年の通常国会の改正は、生計維持者だった配偶者と死別した時に、60歳未満であれば、遺族厚生年金の給付期間を原則5年に短縮した3。この有期給付の5年間には、新たに加算措置を設け、給付額の水準は現在の1.3倍に増えるという。

 

ただし、現在の中高年女性の就業環境は依然、男性よりも厳しい実態を踏まえて、2028年の施行時点で40歳以上の妻や、子がいる妻などには現行法を適用することとし、施行から20年かけて改正内容を全面実施することとした。また、40歳未満でも、有期給付の5年を過ぎても低所得が続く場合や障害がある場合などは、その所得金額に応じて、64歳まで全額または一部を継続給付できる。40歳から64歳の妻が対象となっていた加算も、25年かけて段階的に縮小していく。65歳以降は、婚姻期間中の配偶者の年金記録を分割して、本人の老齢年金に上乗せする「死亡分割」が導入される。

 

このように、実態としては、完全実施までに20年かける上、低所得の妻には継続給付を行うなど、変化をなだらかに抑えているが、原則は、死別女性に5年で給付を完了することで、経済的自立を促している。つまり、遺族年金の役割を、従来の「所得補償」から「生活再建」へと方向転換しており、夫に養われていた妻を、段階的に「保護」から「就業促進」の対象としていくものだと言える。

 

2 現行法では、妻と死別した夫は、55歳未満だと遺族厚生年金を受給できないが、改正後は女性と同じ条件とし、男女差をなくす。

3 坊美生子(2024)「シングルの年金受給の実態~男性は未婚と離別、女性は特に離別の低年金リスクが大きい~」(基礎研レポート)