(※写真はイメージです/PIXTA)
亡父の借金の返済と母の生活を支える日々
都内・中小企業の経理として働く上野聖子さん(仮名・59歳)。高校を卒業してすぐに就職し、気づけば還暦を目前にしています。
現在の月収は35万円。厚生労働省『令和6年賃金構造基本統計調査』によると、正社員・50代後半女性の平均月収は32.7万円。同年代の女性と比べて決して低い金額ではありません。しかし、聖子さんの通帳に「老後資金」と呼べるほどのまとまったお金はありませんでした。その理由は85歳になる母・牧子さんの存在です。
20年前に父が亡くなってから、聖子さんは実家で暮らす牧子さんの生活を経済的に支え続けてきました。父の死後、明らかになったのは、父に借金があったこと、そして牧子さんの年金は月10万円ほどしかないという厳しい現実でした。幸いだったのは、住まいが持ち家だったこと。毎年の固定資産税や維持費を考えなければなりませんが、それでも借金がある状況では、賃貸よりはましでした。
「大丈夫。少しずつ借金を返しながら暮らしていこう」
父を亡くして呆然とする母・牧子さんを前に、当時39歳だった聖子さんはそう宣言しました。それから毎月、借金返済のためと母の生活の足しにと、自身の給料から10万円を仕送りし、大きな出費があればその都度、聖子さんが負担してきました。家の修繕費、母の医療費、冠婚葬祭の費用……。思い返せば、この20年間、自分のために大きなお金を使った記憶がほとんどありません。
若い頃は、仕事の傍ら、旅行や趣味を楽しむ友人を羨ましく思うこともありました。恋愛や結婚を考える時期もありましたが、「母をひとりにできない」という思いが、常に心のどこかにありました。仕事関係で食事に誘われても、「無駄な出費はできない」と断ることが増え、いつしかプライベートでの付き合いはほとんどなくなっていました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、2023年、高齢の親と未婚の子のみの世帯は543万世帯ほど。この20年ほどで倍近くになりました。このなかには聖子さんのように、経済的な理由や、親の介護・見守りなどを理由に、自らのライフプランを犠牲にせざるを得ない中高年の子どもたちもいることでしょう。
60歳定年を前に、同年代の友人は退職金の使い道やセカンドライフについて語り合っていますが、聖子さんにそんな余裕はありません。
「自分の人生は、これでよかったのだろうか」
そんな問いが、頭の中をぐるぐると回り始めるのでした。